ケヤキ の山 3 月 3 週
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★じゆうなだいめい
○この一年、新しい学年


★ふいに、わたしは(感)(できるだけ自由な題名で)
 【1】ふいに、わたしは、かたのあたりをうしろからぐいとおされて、ころびそうになりました。ふりむくと、
「おい、じゃまだぞ。どけよ。」
 そばに、グローブをつけたのっぽの男の子が、わたしを見おろしてたっていました。【2】しらないまにわたしは、やきゅうのコースのまんなかにたっていたのです。はっと気がつくのといっしょに、
「さっさといけよ。のろまのあんぽんたん。」
「どかないと、ぶんなぐるぞ。」
 東京べんのわる口が、ポンポンいりみだれて、わたしの耳にとびこんできました。【3】ぶんなぐるなどといわれたのは、うまれてはじめてです。それに、あるけっていったって、どっちへいけばいいのかわかりません。わたしは、頭がかっとなって、からだをかたくしてつったったまま、なきそうになりました。【4】そのとき、
「どうしたの、キミちゃん。」
 よかった、としえちゃんでした。かけとおしてきたのか、まだ、ふうふういっていました。わたしは、ほっとして、どもりながら、
「あの、あのう、あの人たち、たたくって。じゃまだって、ここにいると……。」
 【5】じぶんでなにをいったのか、きれぎれにそれだけいうと、きゅうにかなしくなって、ポロポロ、なみだがでてきました。
「どの子が? ああわかった、けんちゃんでしょ。おかあさーん、けんちゃんがね、キミちゃんをぶったんだって。」
 【6】わざとそういったのか、かんちがいしたのか、としえちゃんは、うちのほうへむかって、大声でさけんだのです。元気なおばさんのことだから、その声をきいたら、ひばしかほうきをもって、すっとんでくるかもしれません。【7】わたしは、あわてて、ちがうって、せつめいしようとしましたが、なきながらだし、それに、東京べんでいおうとするので、ことばがうまくいえません。
 【8】いっしゅん、男の子たちは、おどろいたように、ポカンとつったっていましたが、けんちゃんとよばれた、いちばん気のよわそうな子が、なきそうな声をふりしぼって、
「ぶちゃしないよォ、いなかっぺの、うそつきィ。」
と、ありったけの声でさけぶと、くるりとうしろをむき、ワーッとなきながら、いちもくさんにおかをかけおりていきました。∵【9】ほかの子も、くもの子をちらすように、にげさっていきました。
 夕やけはいつのまにかきえて、はださむい夕やみがおかの上にもただよいはじめていました。
【0】「さ、いきましょ。」
と、としえちゃんは、ねえさんぶって、わたしのかたに手をまわしあるきだしました。
 「いなかっぺの、うそつき」――そのときになって、はじめて、このことばのいみが、おもく、わたしにのしかかってきました。
 うそつきは、どろぼうのはじまり。うそをいうと、死んでから、えんまさまにしたをぬかれるって、いつもかあさんがいう。わたしは、東京の子に、みんなのまえでうそつきといわれた。しらない土地で、しらない子が、「いなかっぺの、うそつき」と、はっきりそういった。それも、あんなにくやしがって、なきながら。――「いなかっぺ」って、そんなにわるいものなのかしら、それに、わたしは、ほんとに「うそつき」なのだろうか。このことは、かあさんと秋田の家へかえってからも、頭からきえませんでした。
 とおいとおいむかしの小さな小さなできごとです。けんちゃんとよばれたあの子も、いまはおじいちゃんになって、どこかでまごとあそんでいるかもしれません。それとも、日本じゅうのわかものたちが、せんそうにつれていかれた、あのころ、中国か、マレーおきの海で、みじかいいのちをちらしてしまったのかもしれません。
 戸山が原も、いまは学校やビルがたちならび、ひろいどうろができ、すっかりかわってしまいました。あのあたりの町のようすも、どこがどうなったのか、おもいだすこともできません。あそんでいる子どもたちも、みんな、しらない顔ばかりです。
 それなのに、あの東京のうら町の、小さいおかから見た、夕ぐれどきのものがなしいけしきと、小さなわたしの目の中でピンクいろにふくらんでいった大きななみだと、あの東京の男の子のかなしそうな声だけが、カラーテレビのように、いまもはっきりと、わたしの目に、耳に、のこっているのです。

「ほらふきうそつきものがたり」『いなかっぺのうそつき』(増村王子(きみこ))より