イバラ の山 9 月 1 週 (5)
ママの床屋さん   池新  
 【1】今日は、お母さんに髪を切ってもらう日です。ぼくたち兄弟は、お母さんに髪を切ってもらうことを、ママ床屋と呼んでいます。いつもママ床屋なので、ぼくは一度も床屋さんへ行(い)ったことがありません。
【2】「準備できたよ。ひとりずつおいで。」
 お風呂場(ふろば)からお母さんの声が響きます。ママ床屋は、お風呂場(ふろば)でお店を開くのです。夏は暑いので裸でちょうどいいけれど、冬のママ床屋はぶるぶる震えてしまいます。
 【3】ぼくは急いで服を脱ぎ、お風呂場(ふろば)へ飛んでいきました。お母さんは右手にバリカンを持ち、ぼくを見るとにっこりしました。
「さあ、切ろうか。下を向かないで、ちゃんと前を見ててね。」
 【4】そう言いながら、バリカンのスイッチを入れました。ウイーンウイーンと、バリカンの音が耳の近くで聞こえます。ときどき髪の毛が引っ張られるので、ぼくは、
「いてっ。」
と、まるでカメのように首をすくめます。【5】お母さんは、
「だめだめ。まっすぐにしていないと、変なところを切っちゃうよ。」
と言います。バリカンに刈られた髪の毛が、パサリパサリとぼくの肩や背中にくっつきます。そのうち、ちくちくと刺してきます。【6】体中かゆくてたまりません。
「ああ、もう限界だあ。」
と、ぼくが我慢できなくなるころ、後ろの髪のカットが終わるのです。
「できた、できた。じゃあ、今度は前髪。さ、こっち向いて。」
 ぼくは、くるりと振り向きました。【7】目をつぶり、動かないように息を止めます。∵
「はい、終わり。頑張ったね。」
 ぼくは目を開けました。お母さんは、少し離れてぼくを眺めています。ぼくが動いたから変なところを切ってしまったのではないかと心配になります。
【8】「うん。いいんじゃない。床屋さんじゃないのに、なかなかうまいよね。」
と、お母さんが言いました。ぼくはほっとしました。
 シャワーで洗い流すと、ちくちくしたのが取れてすっきりしました。【9】くもった鏡をごしごしと手で拭いて、ぼくの顔を映してみました。いつもと違うぼくの顔です。自分でもなかなか格好いいなと思いました。【0】

(言葉の森長文(ちょうぶん)作成委員会 ω)