長文集  12月2週  ★先ごろ世間で流行した(感)  hu2-12-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】先ごろ世間で流行した「ノウと言え
ない日本人」は、日本人ならだれでも思いあ
たる節があって、広く話題になった。もちろ
ん、くやしい。しかし仕方がない。それこそ
、こうバカにされて も、「ノウ」と言えな
かったのである。【2】だから、この納得と
反発をたくみについて、「ノウ」と言える人
物として、新しい都知事が選挙戦をたたかい
、みごと圧勝した。
 日本人はそれほど「ノウ」と言えないから
、「ノウ」と言う人は勇気があるとされる。
【3】「ノウあるタカ」というジョークも聞
かれた。
 しかし、考えてみると、何事にせよ、イエ
スかノウかはごくごく基本の判断だから、内
容によってもっとも単純に下されるはずのも
のだ。【4】それなのに、「ノウ」と言う人
が勇敢な人だというのは、とてもおかしい。
無心な赤ちゃんがイヤイヤをすると勇敢だな
どということにはならないから、イエス・ノ
ウがはっきりしている人は、もしかしたら、
赤ちゃんに近い人かもしれない。【5】そう
であるにもかかわらず「日本人は『ノウ』と
なかなか言えない」という命題は、今日も生
きつづけている。日本人の生き方の、ごくご
く根幹にある、大きな問題らしい。
 そこでおもしろいことを思い出す。
 【6】もう五十年以上前になったが、第二
次世界大戦でシンガポールを陥落に追いこん
だ日本の山下奉文大将がイギリスのパーシバ
ル将軍と停戦協定を結ぼうとしたときに、大
将は将軍にむかって、「イエス」か「ノウ」
かと大喝したという。
 【7】戦争中、もてはやされた武勇伝だっ
た。この話は絶対に優位にたった人間が相手
に判断をうながすとき、いっさいのあいまい
で情緒的なことは考慮の外において、明快に
答えを要求した、という話である。
 【8】もしイエス・ノウをはっきりさせる
というのなら、いつも複雑な心の動きを捨て
ることになる。将軍がイエスと言えば力に屈
して言ったのだし、ノウと言えば力に反抗し
て言ったことになる。【9】明快なイエス・
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ノウは力の関係から出てくるらしい。反対 
に、あいまいにイエスでもノウでもない答え
は、心がちらつく加減から発せられるらしい

 日常生活でもそうだ。たとえば借金を申し
込まれる。ニベもなく∵「断る。」と言える
のは相手が絶対に弱いときだ。【0】そこ 
を、「この人も困っているだろうナ。」など
と考えはじめると、貸したくもないのに、つ
いつい「いやです。」とはすぐに言えずに、
グダグダ言いはじめてなかなか「ノウ」とは
言えない。アメリカに対して日本が「ノウ」
と言えない関係も、第一に力の大きさが違い
すぎることがあるが、日本人は「アメリカが
日本が断ることで困ってしまうのではないか
。」などと考えて、すくには「ノウ」と言え
ない。そうなると、イエス・ノウをはっきり
させるというのは、明快というよりごく単純
な表現だというべきだろう。イエス・ノウと
いう単純な二極分類は、判断が浅いにすぎな
い。
 むしろ、すぐに「ノウ」と言わない日本人
の伝統的な表現は、相手の立場も十分考え、
単純な力関係でイエス・ノウを判定すること
をせず、イエスとノウという両極の間の程よ
い位置を見定めようとする態度ではないのか
。イエスとノウとの間には、じつはたいへん
な距離がある。その間のどこで答えを出すか
、それを考えることこそが、いま大切なのだ

 これをイエスでもない、ノウでもない「第
三の返事」と呼んでおこう。熟考のうえだか
ら聡明な返事だ。ウンウンかイヤイヤではな
いのだから、成熟した大人の返事だ。ただ、
あいまいだと受けとられると困る。自分が何
を考えているか、相手にはっきり言う必要が
ある。熟慮が十分伝わらなければ意味がない