長文集  11月3週  ★作戦を練る(感)  hu2-11-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】「作戦を練る」という表現があるが
、これは「作戦を立てる」ということとはニ
ュアンスが異なる。「作戦を立てる」は、た
だ一つの作戦を案出する場合にも用いること
ができる。【2】これに対して「作戦を練る
」は、数多くの作戦を比較吟味し、それぞれ
のよい点を組み合わせながらより良質な作戦
へとみがきあげていくことを意味する。練り
あげられた場合の作戦は、たとえ単数であっ
ても、その背後には吟味された数多くの作戦
がある。【3】練るという動詞は、あえて困
難をぶつけて柔軟性をもたせ、きたえるとい
うことを意味している。【4】この場合も、
作戦がうまくいったケースではなく、うまく
いかなかったケースという困難な場合をさま
ざまにシミュレーションし、その想像上の難
局に柔軟に対応しうるものへと案をみがきあ
げていくのである。【5】練るという行為 
は、数多くのアイディアをとけこませるとい
うことでもある。
 「考えを練る」や「文章を練る」という表
現における「練る」も同様である。【6】よ
く練られた考えや文章は、単純な思いつきで
変更することのできない奥行きをもっている
。考えや文章にねばり強さをあたえるのは、
こうした吟味を続けることのできる精神のね
ばり強さである。【7】練るという言葉の存
在が、こうしたねばり強さが育つのを助ける
。「技を練る」という言葉があるように、「
練る」は反復練習をして身につけるという意
味をもっている。
 【8】かつては日常生活の中で練るという
行為は数多くあった。水飴は、二本の割りば
しでぐるぐると練っていくうちにやわらかく
なった。うどんもねばりけのないただの粉か
ら、水をくわえてくり返し練ることでねばり
が出てくる。【9】うどんやめんの場合は、
このねばり強さを「コシがある」と表現する
。腰のイメージは、土俵際でもねばれる相撲
取りの「ねばり腰(ごし)」のように、しな
やかで強いイメージである。【0】追いこま
れたときにぽっきりと折れてしまう硬さでは
なく、ぎりぎりのところでしなやかに受け止
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めて持ちこたえることのできるのが「ねばり
腰(ごし)」であり、それをつくるのが練る
という作業である。相撲のけいこは鉄砲や四
股など一見単純なものが中心となっているが
、これは、からだとりわけ足腰を練ることを
目的と∵しているからである。(中略)
 やわらかくしてねばり強くするという「練
る」本来の意味をからだの動きとして実感し
やすかったのは、私の場合、太極拳の練習で
あった。太極拳はゆっくりと動くわけだが、
低い姿勢を維持することも多く、からだをや
わらかくねばり強くすることをうながす。片
足で立って重心をゆっくりと動かしていく動
きも多いので、軸の感覚がしなやかで強靱で
ないとバランスをくずす。しかも、形をまね
しただけでは、いわば「仏作って魂入れず」
になってしまうので、からだのすみずみにま
で気を行きわたらせることも求められる。
 じょうずな人の太極拳の動きを見ていると
、よくのびる練り物のようであり、とどこお
りがない。しかも、たんに水が流れるがごと
くというだけではなく、実際に腰が決まって
いることもあって、コシのあるうどんのよう
な芯の強さを感じさせる。うどんは水をくわ
えて練るまではバラバラな粉である。練り続
けていくうちに、それぞれが結びついて一つ
のものとしてつながってくる。太極拳は、自
分のからだをうどんに練りあげていくイメー
ジと私の中では重なるところがあった。から
だのいろいろな部分がバラバラであるように
はじめ感じられたのが、やっていくうちに足
の先から手の先までつながっている身体感覚
に変わっていった。一瞬に終わる早い動きで
はなく、ゆっくりした動きなので、自分のか
らだの各部の状態をゆっくりと内側から感じ
ることができやすかった。
 練るは、一回性のできごとではない。目的
意識を長く持続させ、一見たいくつな動きの
くり返しをあきたりなまけたりすることなく
行うことである。そのくり返しの間、感覚は
鋭敏に保たなければならない。これは根気の
いる息の長い身体の文化である。