長文集  11月1週  ○おとうさんとか(感)  hu2-11-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2011/09/15 12:06:39
 【1】おとうさんとか、おかあさんとか、
兄弟とか、仲のよい友だちとか、そういう近
しい間柄の人たちでさえ、時によると、私た
ちのしたこと、いったことをほんとうにわか
ってくれなかったり、まちがえて悪く思った
りすることがあります。【2】そのためにお
たがいの仲がまずくなるということも、よく
ある例です。
 こういう場合には、誤解が私たちを不幸に
します。【3】誤解を受けた私たちばかりで
なく、誤解したおとうさんやおかあさんや友
だちにだって、それは不幸なことです。【4
】だから、こういう場合には、おたがいの不
幸をとりのぞくために、誤解を残しておかな
いようにつとめなければなりません。ほんと
うのことをわかってもらうように、よく話を
しなければいけないと思います。
 【5】ところが、みなさんならば学校での
大勢の友だち仲間、またおとなならば世間の
人々など、そういう特に近しい間柄でない人
たちが、私たちについていろいろいったり考
えたりしていることに対しては私たちは、た
とえそれが耳にはいっても、いちいちいいわ
けをしないですませるようにならなければい
けないのです。【6】というのは、大勢の人
を相手に、いちいちいいわけをしたらきりが
ないという理由からばかりではありません。
【7】いちいちいいわけをせずにはいられな
いという気持ちが、つい私たちに、もっとも
っと大切なもののあることを忘れさせてしま
うという、大きな危険があるからです。【8
】もともと私たちにとってかんじんなこと 
は、自分という人間がほんとうにどんな人間
かということ、自分のしたことがほんとうに
まちがっていなかったかどうかということで
あって、他人がそれをどう見るかということ
ではないでしょう。【9】むろん、だれにし
たって人からどう思われるかは気になること
ですが、あんまりそれを気にする人たちは、
他人の目に自分がどううつるか、そればかり
に心を使って、ほんとうの自分がどんな人間
かということを、いつのまにかお留守にして
しまいがちです。【0】みなさんがだんだん
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おとなになると、他人の目によく見られた 
い、偉そうに見られたい、親切らしく見られ
たい、金持ちらしく見られたい……などと、
いろいろ自分でないものに見られようとし 
て、そればかり気にしている人間がじつに多
いことを知ってくるでしょう。もちろん、そ
んな人間にろくな人はないのですが、当人も
世間もそれにだまされている場合が少なくな
いのです。しかし、考えて見れば、立派な∵
ハガネが多くの人からナマリだと思われて 
も、それでハガネがナマリになってしまうわ
けではありません。また、ナマリがハガネだ
と思われたって、ナマリはどこまでもナマリ
ではありませんか。ハガネをナマリだと思う
のは、そうまちがえた者の恥です。また、ナ
マリがハガネだといわれても、むろん、ナマ
リの真の名誉にはなりません。
(中略)
 リンカーンがアメリカの大統領になってか
らのことで南北戦争中のことですが、「戦争
指導委員会」という委員会の人たちが、リン
カーンのしたことについて、重大なあやまち
があるといって彼を攻撃したことがありまし
た。その時ある役人が、ちょうど問題になっ
たことについて委員会のいいぶんをくつがえ
すだけの正式の証拠を持っていたので、ほん
とうのようすを新聞に発表して弁明したいと
思うが、いいでしょうかと、リンカーンにた
ずねました、すると、リンカーンはこう答え
たというのです。
 「いや、いけない。少なくともいまのとこ
ろはいけない。私に加えられているいっさい
の攻撃にすべて目をとおしていたら、まして
それにすべて答えたりしていたら、私のかん
じんの仕事が休業になってしまう。私は自分
の知っている最善のことをやっているのだ。
自分にできる最善をつくしているのだ。そし
て私はそれを最後までやりつづけてゆくつも
りでいる。もしも、その最後になって私が正
しかったとわかれば、いま私に加えられてい
る非難などは物の数でもなくなるだろう。ま
た、もしもその最後になって、私がまちがっ
ていたら、十人の天使がわたしを正しかった
といってくれても、なんにもなりはしないか
らね。」

(吉野源三郎「八つの小さな話」より)