ヒイラギ2 の山 7 月 1 週
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○自由な題名
○私の好きな動物
★うれしかったプレゼント、わたしのペット
○私の友達
○カニクイザルの道具使用行動が
 【1】カニクイザルの道具使用行動が、本書の趣旨である人類進化にどんな意味を持っているか考えてみよう。
 カキやカニはタンパク質に富む、非常に高品質な食物だ。【2】カキは多くの岩やマングローブの根に成育するので、大量にある食物資源でもある。しかし、その一方で、カキは固い殻に覆われていて、霊長類にとっては獲得し難い食物である。【3】カニクイザルは、それを道具によって効率よく獲得・処理して食べている。「脳=高度な知能=道具使用=得がたいが高品質・大量の食物の獲得」というヒト進化の原型がここにある。
 【4】カニクイザルはうまく叩けば、三回ほどの打撃でカキの身を食べている。この行動は、手ごろな石を握ること、それを三〇〜五〇センチメートルの振り幅で振り下ろすこと、の二つの動作で構成されている。【5】そのどちらも日常的に行っている動作であり、それらの組み合わせである。ビデオ画像を見ると、強力な拇(おや)指が関与するヒトの握りに比べると、把握のしっかり感にいくらか欠けるものの、こういった打撃には十分だ。【6】また、彼らが使っているハンマーは楕円形をした平たい石が多く、握りやすいとともに、打撃部分が点に近いため、カキやカニ割りには効率がよい。脳の発達に効果器が重要であることが、ここでも証明されている。
 【7】宮崎県、日向灘に浮かぶ幸島のニホンザルたちも、海産物を食べることが知られている。彼らの場合、岩に付着しているヨメガカサなどのアワビの小型版の一枚貝を、道具を使わず、下あごの前歯で剥(は)がして食べる。【8】このため、彼らの前歯は磨耗が激しく、オトナの中には歯肉から出た部分がほとんどなくなった個体も多い。したがって、カニクイザルの道具の効果は絶大と言ってよい。
 道具使用行動は、遺伝によって子孫に伝えられる行動パターンではない。【9】他の個体が行っているところを観察して、学習する必要がある。群れを作って生活し、他の個体のやっていることを見て、真似ることは、文化伝播・伝承の必要条件である。【0】私たちは、カニクイザルの子供たちが学習しているところを観察した。カキ∵割りの手順とメカニズムを十分に理解できていない子ザルが、獲物もないのに台石をハンマーで叩き、叩いたところに口をもっていっていた。もうしばらくすれば、カキの殻を叩き割ることや獲物をその道具セットの場に持っていくことを覚えるだろう。こう考えると、子供の期間が非常に重要で、霊長類における成長期間の延長は、複雑・高度な行動パターンの学習には必要条件である。
 知能というものが、新しい行動パターンを思いつくという最初の過程だけでなく、学び取ること「学習」を含むということを、特に強調したい。
(中略)
 小島の子ザルが、食物を置かずにハンマー石を台石に無心に叩きつけている様子は微笑ましい。しかし、その行動をビデオで何度も見ているうちに、真似るということが、ヒト以外の動物にとってどれほど困難なものであるのかを実感する。そして、子ザルがそのメカニズムを体得しようと取り組んでいる真剣さに感動してしまう。それまで、カキ割りをしていなかったオトナなら、とっくにあきらめてしまうのだろうが、子ザルはそれを執拗に行う。生きる上で、この行動の習得が必須だと思いこませるような遺伝的指令があるのかとさえ感じてしまう。この指令が発達過程に織り込まれているのは、ヒトにもあてはまるだろう。それゆえに親や社会のメンバーは、子供たちのモデルである。
 脳はあっても適切な学習過程と学習環境が与えられなければ、十分な機能を発達させられない。「あるがまま」「自然にまかせて」の教育の恐ろしさは、そこにある。

(濱田穣()『なぜヒトの脳だけが大きくなったのか』(講談社ブルーバックス))