1. 【1】
私たちは、日本も外国もみんなおなじようだと思いがちです。そこで、治水のためにはダムを作り、雨をためこみ、そして
洪水をなくそうと考えるでしょう。そういう考えによって、エジプトを流れるナイル川をせきとめ、年々の
洪水をとめて、下流の農業
地域に水利をきりひらき、
肥沃な農村にしようという計画が生まれました。
2. 【2】ダムには発電所を作り、電気をおこして肥料会社をつくる。その肥料で農地を豊かにしよう。こういう計画がナイルの川をせきとめてつくったアスワン・ハイ・ダムです。
3. しかし、これと同じような計画が、すでに、一九〇二年にアスワン・ロー・ダムとしてイギリスによっておこなわれていたのです。【3】
規模は小さいのです。しかし、それによって、年々のナイルの
洪水はとまったかに思えました。だが、その結果なにがおこったでしょう。
4. エジプトは、非常に暑い熱帯
地域にある国です。そこは、暑さゆえに、たえず地中の水が
蒸発していく土地なのです。【4】そういう土地では、塩分が地表にどんどんすいあげられていきます。
5. エジプトでは、
洪水がなくなったために、塩分が、どんどん地表に集まりだしたのです。昔ならば、一年一度の
洪水が、この塩をとかして流してくれました。【5】それがなくなったのです。その結果、塩が地表にたまってしまいます。加えて、
洪水のために上流から流れてきた有機物――あのアフリカの
密林から流れでる豊富な有機質が昔は
洪水とともに畑にまかれ、肥料となったものが流れてこなくなってしまったのです。
6. 【6】こうして、有機質をたくさん必要とする熱帯のはげしい自然条件のもとでは、有機質が急速に不足しだして、作物の
収穫はへりだしました。
7. おまけに塩分の問題です。この結果、五、六年たつと、畑の
収穫量は落ちだし、十年ののちには、畑をすててよそに
逃げるということがおこったのです。【7】このためエジプトの
砂漠は逆に
拡大してしまいました。∵
8. 豊かな農地をつくろう、
洪水から農民をまもろうという温帯の人の親切な心が、じつはエジプトの農民から農地をうばったのです。
9. 【8】風土の
違い、それを
無視して自分たちも相手も同じだという具合に考えると、こうしたことがおきてしまうのです。日本は、外国との仕事上のつきあいがますます多くなりました。みなさんが大きくなる時代には、さらに
盛んになるでしょう。【9】そうしたとき、自分たちの国の通念で相手を
割りきって考えると、このエジプトのダムのように、思わぬあやまちをおかしてしまいます。その意味では、
私たちの時代より、
皆さんの生きる時代のほうが、むずかしいということができます。【0】
10.(
伊東光晴『君たちの生きる社会』より)