長文 6.1週
1. 【1】「話に花が咲くさ 」とはだれがいちばん初めにいい出したのか知りませんが、なんといい形容だろうと思います。これがなければ、世の中の花のいくつかの種類が消失するようなものです。
2. しかし、あらためて考えてみると、話に花を咲かせるさ   には、それなりの水やりならぬ気の配りが欠かせないように思えます。
3. 【2】いつだったか、テレビで、俳優はいゆうのKさんを中心に、噺家はなしかさんやタレントさんが、ひとときの座談ざだんや歌を楽しむ、といった番組をみていたら、終わり近くなってKさんがこんなことを言ったのが印象に残りました。【3】きょう、ぼくは都々逸どどいつ江戸えど時代にはやった歌)などいくつかやらしてもらったけど、ここにいるみんなは、たいていその文句を知っているものばかりだっただろう。しかし、初めて聞くような顔をして、聞き入ってくれ、拍手はくしゅをしてくれた。ありがとう、と。
4. 【4】自分が知っていることというのは、なかなか自分のなかにしまっておけないものです。友人と会って、雑談のとき、仕入れたばかりのニュースを口にし、とくとくとして説明しようとしたら、相手はこちらよりもっとそのニュースにくわしかった、なんていうとき、全くがっかりした気分を味わうものです。
5. 【5】知っていることというのは、とにかくだまっていられないものです。あるとき、つり好きの女性に出会ったことがあります。始めて三年目くらい、熱の入れ方がピークに達する時期です。わたしはもっと年季が入っている。【6】そこで二人でつり談義がえんえんと続くことになった。かなり話がはずんだころ、その人がこんなことをいいました。「ほんと、つりの話をするときって、もう自分がしゃべりたくって、人の話なんて耳に入らないのよね。【7】そうだ、こんどはあの話をしようって、てぐすねひいて待っているの。相手の話が終わるや否やいな 、待ってましたとばかり、ぱっと割りわ こんで、なんていうふうでしょう? あはは。」【8】「あははは、ほんとにそうだね、それでぼく、いつだったか小笠原おがさわらの父島に行ったとき、カヌーに船外機を取りつけたやつで、オキザワラの引きつりをやったんだけど、サメがうようよいてね……」
6. と、さっそく話をとったりしたのでした。
7. 【9】話に花が咲くさ というより、花が咲きさ 競うという感じで。ですが、つり好き同士の話のときは、どうしても、そんなふうになる∵し、また逃がしに  た魚ばかりでなく、つり上げた魚の大きさも尾ひれお  がついて大きくなり、数もサバを読むことが、暗黙あんもく了解りょうかい事項じこうとなっているのを感じます。【0】
8. ここでまた、Kさんの話にもどるわけですが、話に花を咲かせるさ   ためには、それぞれが聞き上手にならなければなりません。話し上手というのは、聞き上手ということでもあります。ことばを変えていえば、思いやりです。思いやりというのは、わたしは、想像力の問題だと思っています。相手の立場に立ってみる、その想像力があるかないかでしょう。
9. いつもいつも、自分が知っていることをロに出すなというのではありませんが、雑談に花が咲いさ ているときくらい、相手に花を持たせ、自分も持たせてもらう、それでこそ、お互い たが の言葉はお互い たが の心にとどくのだと思います。