長文集  5月3週  ★赤字その他の理由で(感)  ha2-05-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】赤字その他の理由で姿を消した鉄道
線路は、これまで数多くあるが、私が夢の中
でもいいからもう一度乗りたいと願っている
ものに岡山県の小私鉄、西大寺鉄道がある。
 岡山市の有名な後楽園のそばから西へ向か
って、お寺の門前町、西大寺まで、たった一
一・四キロ。【2】左右の線路の間隔は九一
センチ四ミリという日本ではめずらしい狭軌
である。明治十四年開業当時は西大寺軌道と
名乗っていたが、大正三年以来鉄道となり、
戦後両備バス会社と合併、昭和三十七年鉄道
線が廃止となった。【3】私が乗ったのは戦
後のことで、もう蒸気機関車はいなくてディ
ーゼル車であった。後楽園を出て間もなく、
百けん川を横切るのだが、ここがおもしろい
のだ。
 百けん川は岡山市内を流れる旭川の放水路
であって、ふだんは左右の堤防にはさまれた
広い河川敷(かせんじき)には水は全然流れ
ていない。【4】ほとんどが畑として利用さ
れている。上流で大雨が降り、市内に洪水の
危険がせまったときだけ、こちらに水を流す
のである。平常は何の役にも立たぬ余計者の
ように見え、非常の時だけその真価が認めら
れる。【5】普通、鉄道が川を横切る時は、
堤防の高さまで上がり、橋で川を渡る。JR
の山陽本線も新幹線 も、もちろんこのよう
にして百けん川を渡っている。ところが西大
寺鉄道はちがう。堤防の一部を切りとり、河
原にじかに線路をしいているのだ。
 【6】めったに水の流れない川に橋をかけ
るのは、金のむだづかいである。非常の際に
は切りとった土手を頑丈な扉でふさげばよ 
い。線路の一部は流されるかもしれないが、
水が引いた後またしき直せばよい。バカな、
と笑う人もいよう。【7】私も最初のうち、
なんてみみっちい、と笑っていたが、次第に
考えが変わってきた。
 鉄道建設は確かに人間のちえである科学技
術による自然の征服、おさえこみである。技
術が進めば進むほどそのおさえこみ方が強引
になってきた。【8】かつては自然の障害物
(例えば高い山や深い谷)があれば、線路の
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方がまわり道をしたり、坂で上り下りして―
―つまり、自然との妥協によって問題を解決
していたのだが、それ∵で満足できなくなっ
てきた。
 【9】山があれば切り通しやトンネルで、
谷があれば土手や橋を造ってごりおしに突進
するのが技術の進歩、人知の自然に対する勝
利と見なされる。明治以来新幹線に至る鉄道
の歴史がそれを物語っている。しかし、その
勝利のかげでどれほどの自然が、生きもの(
人間をふくむ)が犠牲になってきたことか。
【0】
 私が西大寺鉄道に脱帽したのは、自然に対
して実に合理的に、しかも謙虚に対応してい
たからだ。むだな金や力を使って自然の力を
ねじふせるのではなく、自然とうまく折り合
いをつけ、だましだまし共存しようという姿
勢に対してである。

(小池滋『西大寺鉄道の知恵』より)