長文集  4月3週  ★何年か前、中米奥地の(感)  ha2-04-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】何年か前、中米奥地の調査に出かけ
た研究チームの報告を読んだ中に、こんなこ
とがありました。調査団は、必要な器機等の
持物一式を持って行くためにインディアンの
グループをやとった。調査作業の全行程には
完璧な日程表ができていた。【2】そして初
日から四日間はプログラムが予想以上によく
はかどった。運搬役のインディアンたちは屈
強で従順で、日程どおりにことが進んだの 
だ。ところが五日目になって、彼らは先へ行
く足をぷっつり止め た。【3】だまって全
員で輪になり、地べたに座りこんで、もうて
こでも動かない。調査団の人たちは賃金アッ
プを提案したがだめだった。しかりつけたり
、ついには武器まで持ち出しておどしたりし
てみたが、インディアンたちは無言で車座に
なったまま動かない。【4】学者たちはおて
あげの状態で、とうとうあきらめた。日程に
は大幅な遅れが生じた。と、とつぜん――二
日後のことだった――インディアンたちは同
時に全員が立ちあがった。荷物をかつぎあ 
げ、予定の道を前進しだした。賃金アップの
要求はなかった。【5】調査団側から改めて
命令したのでもなかった。このふしぎな行動
は、学者たちにはどうにも説明のつかぬこと
だった。インディアンたちは、理由を説明す
る気などまるでないらしく、口をとざしたま
まだった。ずっと後になって、はじめてひと
りが答えをあかした。【6】「はじめの歩み
が速すぎたのでね。」という答えだった。「
わたしらのたましいがあとから追いつくのを
待っておらねばなりませんでした。」この答
えについて、私はよく考えこむことがありま
す。私たちは、外的な時間計画=日程をとど
こおりなくこなしていきます。【7】が、内
的時間、たましいの時間にたいするこまやか
な感情を、とっくに殺してしまいました。私
たちの個々人にはもはや逃げ道がありません
。ひとりでワクをはずれるわけにはいきませ
んから。私たち自身がつくってしまったシス
テムは、厳しい競争と殺人的な業績強制の経
済原理です。【8】これをともにしないもの
は落伍します。昨日新しかったことが、今日
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はもう古いとされる。先を走る者を、はあは
あ舌を出しながら追いかける。すでに狂気と
化した輪舞なのてす。だれかがスピードを増
せば、ほかのみんなも速くなるしかない。こ
の現象を進歩と名づける私たちです。【9】
が、あわただしく走り続ける私た∵ちは、は
たしていかなる源から遠ざかりゆくのでしょ
う。私たちのたましいからですって? そう
私たちのたましいは、もうはるか以前に途上
に置き捨てられまし た。それにしてもたま
しいを捨て子にしたことで、肉体が病んでい
きます。【0】だから病院は、ひとびとであ
ふれています。
 もうひとつの答えもひとりのインディアン
の女性の口から出ています。ある山の頂上に
彼らの村があった。その地方一帯には水源が
たった一ヵ所しかなくて、それは山のふもと
の井戸だった。村の女たちは、毎日半時間の
坂道をおり、帰りは重い水がめを肩にして一
時間、山をのぼって行く。あるとき、女たち
のひとりにたずねた――いっそ村ごと、ふも
との水源近くに移したほうがかしこいのでは
ないかね――。女の答えはこうだった。「か
しこい、かもしれませんね。でも、そうした
ら私たちは、快適さという誘惑に負けること
になると思います。」
 快適であることがなぜ誘惑と呼ばれるのか
。私たちが手にした自動車、飛行機、電話、
コンピューター、要するにおよそ現代社会を
構成するすべてのものは快適な生活のために
つくられたはずです。これらのものはくらし
を楽にします。骨の折れる仕事から私たちを
解放し、もっと本質的なことのための時間を
めぐんでくれる。そうではなかったでしょう
か、私たちを解放するんでしょう? そうで
す、確かに――。ただ何から解放するのでし
ょう。ひょっとして、まさに本質的なことか
ら、だとしたら、いったいどうなっているん
でしょう。私には、あのふしぎな言葉を口に
したインディアンの女性のほうが、ほんとう
はこの私たちのだれよりも、ずっとはるかに
解放されて自由なのだ、という思いがつきま
とってはなれません。

(ミヒャエル・エンデの文章より)