1. 【1】最近、
諸外国とくにアメリカとの貿易
摩擦が国民の大きな関心を集めている。第二次世界大戦の敗戦国としてほとんど無の状態から出発した
我が国の
諸産業が
著しい発展をとげた結果、いまや
経済大国として世界の注目を集めているのはまぎれもない事実である。【2】ところが、日本と同じように、戦後めざましい
経済発展をとげた西ドイツも自動車産業をはじめ、世界のトップレベルの工業力を持つ、有数の黒字国であるが、
我が国ほどの貿易
摩擦をおこしているということはあまり聞かない。
2. 【3】
我が国の商社マンは、語学力に
優れ、相手国の政治や
経済に精通している有能な人ばかりである。
彼らの働きで、日本製品は、どんどん海外に進出できたわけである。しかし、商品を大量に売りさばいてさえいればはたして事足りるのであろうか。
3. 【4】昨年の秋、
私の友人の画家がニューヨークで
個展を開いた。ふとしたことがきっかけであちらの新聞記者と知り合いになって、話がとんとん進み、はるばるかの地での
個展実現の運びとなったのだという。帰国後の
彼の話は
私にはとても興味深かった。【5】友人は当然のことながら美術に関する深い理解を持っているが、それに加えて能や
歌舞伎などの日本の古典芸能にもくわしく、かなりの知識を持っている。そのためにアメリカで実に多くの友人を得ることができたというのである。【6】
彼らは日本の古典を愛し、日本人を通してその文化にふれることを熱心に望んでいるというのである。果たして、
我が国の商社マン
諸君はこういう外国人の期待にどの程度こたえてきたのだろうか。
歌舞伎や能を熱心に
鑑賞し、何かを
吸収しようと食い入るように
舞台を見つめている外国人をよく目にする。【7】ところが、日本の
若者はおおむね
我が国の古典芸術には関心がうすいように見受けられる。たとえば、
俳句はアメリカでは小学校の教科書にもとりいれられているのだが、日本の大学生は、ほとんど見向きもしない。【8】音楽や、
映画、
演劇などには、多くの
若者がかなりの興味を示すのだが、
歌舞伎や能などにはそれほど関心をもたない。お茶や、お花を習っているといえば、ヘェーとびっくりされるぐらいのものである。∵
4. 本居
宣長という
江戸時代の学者がこんなことをいっている。【9】
我が国の
儒者(中国の思想家
孔子の教えを学び、それを教える人)のうちには、日本のことを聞かれて知らないことは
恥じと思わず、中国のことを聞かれて知らないというのを大変
恥ずかしく思って、ろくすっぽ知らないことまで知ったかぶりをする者がいる。【0】
彼はまさに日本人なのだから、日本のことをやらなくていいはずがない。もし中国の人に日本のことを何か聞かれて、自分はあなたの国のことはよく知っているけれど、日本のことはあまり知らないとは、まさかいえないだろう。もし、そんなことをいったら、自分の国のことすら知らない学者が、どうして外国のことを知ろうぞ、といって手を打ってひどく笑うだろう――。
5.
私たちは有能な商人であると共に、自国の伝統に深い理解を持った日本人でなければならないのである。そして外国人と友人どうしのつきあいができるようになれば、現在のような貿易
摩擦もかなり少なくなるのではないだろうか。
優れた商社マン
諸君のすべてが、同時にりっぱな日本文化の
担い手であってくれることを願うのである。