ハギ の山 6 月 3 週 (5)
★先日、日本産トキの(感)   池新  
 【1】先日、日本産トキの絶滅が確実になったと報じられた。種の存続のためにさまざまな努力がはらわれ、中国産のトキを借り受けてペアリングも試みられたが、失敗に終わった。関係者の落胆は大きかったにちがいない。
 【2】トキのように絶滅寸前にまで追いこまれた動物や、その数を激減させている植物を救おうと努力する姿は、「人間の良識」と評される。その通りと思う半面、偽善ではとのむなしい思いが残る。第二第三のトキを生む自然破壊が、日本全国で進んでいるからである。
 【3】一九八九年に環境庁が発行したレッドデータブックには、緊急に保護を要する動物だけでも約三万七千種近くが記載されている。イリオモテヤマネコなど、絶滅の危機にひんしている動物も多い。
 身近な動物の中にも、姿を見ることがまれになったものが少なくない。【4】日本在来のメダカは外来種に追われて、東京の河川ではめったに見られない。ミヤコタナゴも少なくなった。ゲンゴロウやタガメなどの水生昆虫も激減した。人間の良識とは、その数が激減している動植物に対し、早急に保護の手を差し延べることである。【5】絶滅が確実視されるまで放置したあとで、救済努力を傾注するということには、大きな矛盾を感じる。
 自然保護の先進国アメリカでは、一八七二年、世界に先がけてイエローストーン国立公園を設置した。日本では自然保護など話題にもならないころのことである。【6】一九一六年には国立公園局が設置され、自然景観や動植物の保護に全国的な制度が確立、機能的に運営されて今日に至っている。
 他方日本では、一九三一年に国立公園法が制定され、一九五七年に自然公園法に代わった。【7】自然保護の基本的考え方は先進国のそれを踏襲したが、戦争をはさみ、戦後は自然保護と経済発展のはざまでゆれ動き、必ずしもその機能を果たしていないのが実情である。
 アメリカの徹底した自然保護を日本のそれと比較して、そのちが∵いをなげいていた筆者だが、最近うれしい体験をした。【8】わが家の子供たちが一年以上も飼育をつづけているカマキリの話題である。
 親は秋に産卵を終えて死んだが、その卵が六月に飼育箱の中で孵化した。先日渡米の折、ロサンゼルスの友人たちにこのカマキリの話をした。【9】ところが、かれらの話では、ロサンゼルスではカマキリの捕獲が禁止されているそうだ。数が激減しているのがその理由だった。
 東京に比べれば、はるかに土地は広く緑も多い。郊外にはコヨーテまで出没し、飼いねこが犠牲になるほど自然にめぐまれた都市である。【0】そこで子供たちがカマキリをとらえて飼育観察できないとはさびしい限りだ。
 ロスより自然環境は悪い東京だが、都心でも植えこみや生けがきに毎年カマキリの卵が見られ、六、七月にはあみ戸に張り付く子カマキリの姿が多い。子供たちの通常の捕獲ぐらいでは、減りそうにない数である。アメリカが自然保護で先進国となった一因として、他国より早く自然を破壊したことも考えられる。今日でもカマキリを自由にとらえて、飼育観察できる東京に、ささやかな幸せを感じた経験だった。
 
 ペアリング…おすとめすの一組にすること。
 レッドデータブック…絶滅のおそれのある野生生物の現状を記録した資料集。
 傾注する…精神や力を一つの事に集中する。
 踏襲する…前人のやり方などをそのまま受けつぐ。