長文集  5月4週  ○メダカは長さが  ha-05-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2015/03/15 14:14:57
【長文が二つある場合、読解問題用の長文は
一番目の長文です。】
 ぼくの小さいころは、買い物をするのに定
価のないことが多かった。店の人と世間話か
ら始まって、値切るやりとりがあった。そし
て、自分が値をきめたような気分が少しはあ
って、その値段にチョッピリ自分の責任があ
った。
 もちろん、ドジだと高く買わされる。要領
のよいのがトクをす る。同じものを買うの
に、高く買うのもあれば、安く買うのもい 
る。まったく、「不平等」だった。
 このごろでは、共同購入などと、代表者に
まかせるのまである。そのかわり、みんなが
同じ値段で買う。国家と生命の売買をやるの
だって、代表者にまかせて、みんなが同じ値
段でやるのじゃないかと、時節がら少々不安
である。
 ドジを重ねて、要領をおぼえたものだ。そ
れで、ある日急に買い物上手になったりもす
る。店との相性もあるもので、気に入りの店
だと安く買えたりする。なじみがいもあった
。ドジが固定するものでもないし、ある店で
はドジでも、別の店では要領よくナジミにな
ったりもした。
 いつでもドジだと困るかというと、そうし
た人間は、店のほうからまけてくれた。ドジ
につけこんで、いつももうけていたのでは、
店の評判も落ちるのだった。
 そして、要領のよい子を相手にとなると、
店のほうでもなかなかシブトイ。値切り合戦
というのは、ゲームでもあった。そしてそこ
には、ヤヤコシイ人間関係があった。
 若い人に聞くと、そんなのメンドクサイ、
と言う。金を出して物を手に入れる、それだ
けならば、だれでも同じ値段で物が手に入る
のが「平等」だ。その極端なのは、自動販売
機で、機械にお世辞を言っても、まけてくれ
ない。
 しかしぼくは、要領のいいのやドジなのや
、さまざまに混じりあって、店も客もさまざ
まに気を使いあう世の中が、よい世の中だと
思う。
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 校則だって、守る生徒やら守らない生徒が
あって、うるさい教師や甘い教師があって、
そのなかで叱られたり逃げたり、そのほうが
気持ちがよい。このごろの「非行生」の文句
に、「他の人間もやってるのに、自分が叱ら
れるのは不公平」というのがある。これは、
「非行」それ自体よりも、人間社会にとって
よほど危機ではない∵か。
 自分がドジで叱られようが、要領のよい仲
間が叱られずにすむことは、喜ぶべきことで
あるはずだ。「不公平」というのは、ヤッカ
ミ根性のことかもしれぬ。
 問題は自分だけのことだ。他人が叱られよ
うが叱られまいが、どうでもよいことだ。今
はドジでも、今度はうまくやればよい。こう
いうのこそ、「自立してない」と言うんだろ
うな。せめて「非行 生」だけでも自立して
ほしい。「優等生」が自立してないことは、
大学生を相手であきらめてるんだから。

(森毅(つよし)「ひとりで渡ればあぶなく
ない」)∵
 【1】メダカは長さが三、四センチしかな
い小さな魚で、私たちが子どものころはほん
とうにどこにでもいました。あまりにありふ
れていたので、フナやコイなどとくらべると
、子どもにとってあまり魅力のない、雑魚の
代表のような魚でした。
 【2】ところが、このメダカがなんと「絶
滅危惧種」として絶滅を心配されているとい
うニュースが流れたのです。一九九九年のこ
とです。子どものころ魚とりに熱中したこと
のある、私たちの世代にはとても信じられな
いことでした。【3】減ったことは事実かも
しれない、でもメダカにかぎって絶滅という
ことは考えられない、というのが実感でした
。しかし、これはどうやら信じなければなら
ない事実のようです。じつに悲しいことです
。その背景にはつぎのようなことがありまし
た。
 【4】かつて田んぼは用水路で水を引いて
いました。その用水路は田んぼとほぼ同じ高
さにあり、微妙な高さの違いを利用して水の
入り口と出口がつくられていました。ひとつ
の田んぼから出た水がとなりの田んぼに入る
、という構造になっているものもありまし 
た。【5】そのような用水路は地形に応じて
曲がっており、深さも一定でないので、水の
流れにも微妙に違いがあり、それに応じて違
う植物が生えていました。昔の子どもが夢中
で魚とりをしたのは、このような用水路でし
た。【6】秋になって田んぼから水が抜かれ
ても用水路には水が残っており、くぼみが「
魚だまり」となって魚が生きていたのです。
 ところが、一九六〇年代からはじまった農
業基本整備事業によって、自然の地形に応じ
てつくられていた田んぼに大きな変化が生じ
ました。【7】かつて人力で営々と築かれて
きた田んぼは、大規模な土木工事によって完
全につくりかえられてしまったのです。田ん
ぼの水が管理しやすいように、用水路はU字
管というコンクリートの管にされました。断
面の形がU字型なのでこう呼ばれます。【8
】U字管の機能は水田に水を運ぶことですか
ら、それ以外のものは必要ありません。その
結果、水を流すときは洪水のように大量の水
が勢いよく流れます。
 魚が隠れるところもなければ、カエルが卵
を産むところもありません。【9】用水路は
田んぼから効率的に排水するために、水田と
の∵高さの差が大きくなるようにつくられま
した。このため、水を抜くと田んぼは完全に
干上がります。U字管には魚だまりはありま
せんから、土の中にもぐって生きるドジョウ
や小さなメダカも生き延びることはできませ
ん。【0】その結果、夏の「洪水」と冬の「
砂漠」がくりかえされることになります。こ
れでは生きていける動物はいません。
 ところが、小動物に対する仕打ちはこれに
とどまりませんでし た。ちまちました小さ
な田んぼは農作業の効率が悪いことは確かで
す。そこで「暗渠排水」といって、田んぼの
地中に管を埋め、水を集めて排水することが
すすめられたのです。こうすれば水路に使っ
た土地も使えるし、細かなデコボコをなくす
ことができると考えたのです。こうなると動
物には生活する場所がまったくなくなってし
まいます。こうして、メダカに代表される無
数の小さな生きものたちは、田んぼから姿を
消していったのです。
 日本の農業は稲作が中心ですが、それは米
を巨大なポットのようなところで効率的につ
くることだけではありませんでした。毎日の
営みの中で米づくりを中心におきながらも、
家畜を飼い、裏山から肥料となる枯れ葉を集
め、ときどきドジョウやフナをとるなど、じ
つにさまざまな営みの中でおこなわれたもの
でした。また、田植えのときには若い女性が
晴れ着を着て早苗を植え、近所の人が助けあ
って田植えや稲刈りをするという社会の営み
でもありました。そして先祖から引き継いだ
土地に祈りをささげ、収穫物に感謝をささげ
るという心に支えられたものだったはずです
。それは工場で米という名の製品をつくるの
とはほど遠い営みでした。
 しかし、この土木工事はそのようなことを
すべて無視したものでした。そのことの意味
の深さを私たちは考えつづけなければならな
いと思います。

(高槻成紀『野生動物と共存できるか――保
全生態学入門』(岩波ジュニア新書))