1. 【1】ピピは
町のどうぶつえんに、つれてこられました。こんどあたらしくひらかれたどうぶつえんです。
2.
園長さんは
大よろこびで、かかりの
二郎をよびました。
3.【2】――
二郎くん、
白クマの
子どもだよ。きっとみんなよろこぶ。さあ
東のC26
番にいれたまえ。
4.
東C26のおりは、ペンギンの
島です。
白い大きな氷の
山がつくってあり、まわりはプールです。もっとも
氷はコンクリート
製ですがね。【3】しかしペンギンは、つぎの
捕鯨船でもってきてもらえることになっているので、まだ一ぴきもいません。
5. ピピがC26のおりのうらからかおをだしてその
白い氷山をみたとき、どれほどよろこんだことでしょう! 【4】おもわず
二郎の
手に
鼻をこすりつけたほどです。さあっとからだじゅうにきれいな
水がはしり、
青空をたべたような
気もちでした。ピピははねまわって
氷山にとびうつり、さて、
首をペタリとつけて、ねそべってみました。【5】
北のくにでは、いつもこうして、おひるねをしていたものですからね。
6. ところが、オヤオヤオヤ、
首のところがちっともひんやりしないのです。おかしいな、とおもってピピは、もうすこし
下へおりてゆき、そこでまたねそべってみました。【6】やっぱりおなじです。ピピはおきあがって、じっと
氷山をみあげました。まっさおな
夏の
空を
背にして、ぐっとつったつなつかしいふるさとの
風景とおなじです。
7. おかしいな。ピピはおもいきってエイッと
氷をひっかいてみました。【7】ジーンと、いたみがからだじゅうをつきとおって、
手がしびれました。なにしろ、コンクリートをおもいきりひっかいたんですからね! つめがはがれて、ピピの
右手は、たちまちまっかです。けれどピピは、くやしくってくやしくっていたみなどかんじません。
8. 【8】だまされたのです。こんなかたい
氷山などこしらえて!
9. ピピはそのときからずっと、おりのおくから、ちっともでませんでした。だまって
目をとじて、すみっこでねむっているのです。∵おりの
中は
冷房がしてあります。【9】ですから、そとのにせものの
北のくにほどのきちがいめいたあつさはありません。
10.
二郎もこまりました。なにをもってきてもたべない。どうしてもうごかないのですからね。このままでは、まちがいなしに
病気になります。
11. 【0】おきゃくさんたちは、まいにち、からっぽの
氷山をながめてかえるだけでした。
12. どこかでペンギンの
声がしてバタバタと
羽音がきこえたような
気がしました。けれどピピは、もうけっして
目をあくまい、からだをうごかすまい、とこころにきめていたので、じっとしていました。それから、からだがもちあげられて、どこかへはこばれるようにもおもいましたが、やはりピピは、そのままじっとしていました。
13. それからずいぶん
長いあいだ、ピピは、こんどはほんとにねむりこんでしまいました。どうぶつえんにもってこられたペンギンたちといれかえに、ピピは、ふたたび
北のくにへつれもどされていったのです。まいにちのピピのひとりぼっちのすがたをみて、がまんできなくなった
二郎が、ねっしんに
園長さんにたのんだのです。
船はピピをつんで、
北へ
北へとはしっていました。
14.
船の
人たちは
氷の
上にそっとピピをおろしました。
氷のつめたさが、すこしずつピピのこころをあたためてゆきました。
15.――
死んじまったのかな? ひとりがつぶやきました。それから、みんなはいそがしそうに
船にひきあげてゆきました。ピピは、うっすらと
目をひらきました。
16. こんどこそ、まちがいなしに、ほんものの
氷、ほんとの
北の
海のにおいです。
17. けれどピピは、もう
二度とおきあがれませんでした。ただ、からだじゅうがかるくなって、すいすいと
空にまいあがってゆく
気がしました。
18. ピピのからだのまっすぐ
上の
空から、
小熊座のとおい
星が、ピピのふるさとの
白い世界を、しずかにみおろしていました。
19.「ぽけっとにいっぱい」より(
今江 祥智)フォア
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