長文集  3月2週  ○ピピは町のどうぶつえんに(感)  e-03-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/12/14 16:56:16
 【1】ピピは町のどうぶつえんに、つれて
こられました。こんどあたらしくひらかれた
どうぶつえんです。
 園長さんは大(おお)よろこびで、かかり
の二郎(じろう)をよびました。
【2】――二郎(じろう)くん、白クマの子
どもだよ。きっとみんなよろこぶ。さあ東の
C26番にいれたまえ。
 東C26のおりは、ペンギンの島です。白
い大きな氷の山がつくってあり、まわりはプ
ールです。もっとも氷はコンクリート製です
がね。【3】しかしペンギンは、つぎの捕鯨
船でもってきてもらえることになっているの
で、まだ一ぴきもいません。
 ピピがC26のおりのうらからかおをだし
てその白い氷山をみたとき、どれほどよろこ
んだことでしょう! 【4】おもわず二郎(
じろう)の手に鼻をこすりつけたほどです。
さあっとからだじゅうにきれいな水がはしり
、青空をたべたような気もちでした。ピピは
はねまわって氷山にとびうつり、さて、首を
ペタリとつけて、ねそべってみました。【5
】北のくにでは、いつもこうして、おひるね
をしていたものですからね。
 ところが、オヤオヤオヤ、首のところがち
っともひんやりしないのです。おかしいな、
とおもってピピは、もうすこし下へおりてゆ
き、そこでまたねそべってみました。【6】
やっぱりおなじです。ピピはおきあがって、
じっと氷山をみあげました。まっさおな夏の
空を背にして、ぐっとつったつなつかしいふ
るさとの風景とおなじです。
 おかしいな。ピピはおもいきってエイッと
氷をひっかいてみました。【7】ジーンと、
いたみがからだじゅうをつきとおって、手が
しびれました。なにしろ、コンクリートをお
もいきりひっかいたんですからね! つめが
はがれて、ピピの右手は、たちまちまっかで
す。けれどピピは、くやしくってくやしくっ
ていたみなどかんじません。
 【8】だまされたのです。こんなかたい氷
山などこしらえて!
 ピピはそのときからずっと、おりのおくか
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ら、ちっともでませんでした。だまって目を
とじて、すみっこでねむっているのです。∵
おりの中は冷房がしてあります。【9】です
から、そとのにせものの北のくにほどのきち
がいめいたあつさはありません。
 二郎(じろう)もこまりました。なにをも
ってきてもたべない。どうしてもうごかない
のですからね。このままでは、まちがいなし
に病気になります。
 【0】おきゃくさんたちは、まいにち、か
らっぽの氷山をながめてかえるだけでした。
 どこかでペンギンの声がしてバタバタと羽
音がきこえたような気がしました。けれどピ
ピは、もうけっして目をあくまい、からだを
うごかすまい、とこころにきめていたので、
じっとしていました。それから、からだがも
ちあげられて、どこかへはこばれるようにも
おもいましたが、やはりピピは、そのままじ
っとしていました。

 それからずいぶん長いあいだ、ピピは、こ
んどはほんとにねむりこんでしまいました。
どうぶつえんにもってこられたペンギンたち
といれかえに、ピピは、ふたたび北のくにへ
つれもどされていったのです。まいにちのピ
ピのひとりぼっちのすがたをみて、がまんで
きなくなった二郎(じろう)が、ねっしんに
園長さんにたのんだのです。船はピピをつん
で、北へ北へとはしっていました。
 船の人たちは氷の上にそっとピピをおろし
ました。氷のつめたさが、すこしずつピピの
こころをあたためてゆきました。
――死んじまったのかな? ひとりがつぶや
きました。それから、みんなはいそがしそう
に船にひきあげてゆきました。ピピは、うっ
すらと目をひらきました。
 こんどこそ、まちがいなしに、ほんものの
氷、ほんとの北の海のにおいです。
 けれどピピは、もう二度とおきあがれませ
んでした。ただ、からだじゅうがかるくなっ
て、すいすいと空にまいあがってゆく気がし
ました。
 ピピのからだのまっすぐ上(うえ)の空か
ら、小熊座のとおい星が、ピピのふるさとの
白い世界を、しずかにみおろしていました。
「ぽけっとにいっぱい」より(今江 祥智)
フォア文庫