長文集  8月3週  ★よく、教え方がよければ(感)  1i-08-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2020/06/14 15:05:05
 よく、教え方がよければ、子供の能力は伸
びる、といわれる。だが、伸びるのはその子
の持って生まれた能力に応じた学力である。
ただし、先に述べたように、伸び方に限りが
あるが……。早い話、有名受験塾がなぜ入塾
テストを実施しているとお思いだろうか。素
質のない子をいくら教えても、有名中学入試
の高いハードルを越えさせられないからであ
る。
 どうして、この種の情報がきちんと示され
ないのか。オフレコの約束で(ほとんどの関
係者がそうだった)「知能指数と学力は大い
に関連がある」と認めた何人かの教育学者に
、「教育改革の柱にいつも入試改革が掲げら
れるのは教育力に対する幻想があるからだ。
それを打ち砕くためにも、その意見を公にし
たほうがよい」と迫ったことがある。いずれ
の学者の答えも同工異曲だった。
 「そんなことをしたら、学界で袋叩きにあ
いますよ。科学的に証明するのはかなり難し
いですし」
 また、文部官僚の多くはこういう表現をし
た。
 「それをいっちゃおしまいですよ」
 教育力が大きく見えたほうが都合がいい。
国民が聞きたくないことをあえて声高にいう
必要もないではないか、というわけだ。
 しかし、こんなことは専門家の言を待つ必
要もない。われわれ自身の学校生活を振り返
れば思い当たることである。
 それなのに、親たちは受験産業の「学習能
力は伸びる」というかけ声に踊らされて、子
供を遊ばせるべき時期に塾に通わせる。有名
中には入れなくても、公立中に行けるのだか
ら落ちてもともと、などと思うなかれ。その
子の失ったものは大きい。傷ついたプライド
を癒すのは大人でも大変な作業だ。運よく合
格したとしても、その学校生活は、それまで
に払った犠牲に見合うものといえるのかどう
か。∵
 意思決定の未熟な子供に深夜まで勉強をさ
せるのは壮大なるムダだ(たとえ希望校に合
格したとしても)。教育で人間の素質が伸び
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るということはあり得ない。教育には、そん
な魔法のような力はない。大学入学が目標な
ら、高校の段階で自分で判断させるのが最適
だ。そのころには自分の能力も適性も漠然と
ながらわかっている。納得ずくの努力は、自
立心を培う。
 進学塾通いにはまた、次のような恐ろしさ
がある。それはコミュニティーの核の一つで
ある公立校の地盤沈下の下地になっているか
らだ。進学塾通いの生徒は、学校生活におい
て消極的な姿勢になりがちだ。大手のある進
学塾では公然と「学校では手を抜け」と親子
に勧めている。「とくに体育。運動会なんか
で頑張るのは、愚の骨頂」というわけだ。リ
ーダーになるべき子供たちが(その親も)上
の空の状態なのに、魅力ある学校になんかで
きるわけがない。
 いま、普通の公立中学校が抱える問題は、
迎え入れる母集団に素質のある子が抜けてい
るうえ、有名中学不合格組を抱えていること
だ。不合格組は挫折感を処理できず、問題行
動に走る子も多い、という。生徒の母集団の
力が弱まった学校をもり立てるのは容易なこ
とではない。だから、親は子供を私立に駆り
立てる。
 この循環を断ち切るのは簡単だ。親が常識
を取り戻せばいい。午後十時、十一時に子供
が塾のかばんを背負って街を歩いているのは
異常だと思うささやかな常識を、だ。

 (月刊「致知」石山茂利夫氏の文章より)