長文集  7月3週  ★孟子は、孔子より遅れて(感)  1i-07-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2020/06/14 15:02:34
 孟子は、孔子より遅れてこの世に生をうけ
た中国古代の思想家だが、かれに、
「忍びざるのこころ」
という考えがある。忍びざるのこころという
のは、
「他人の不幸や悲しみを、そのままみるに忍
びないこころ」
をいう。
 たとえば、川のほとりを歩いている時に、
車椅子の人や老人や、あるいは小さな子供が
いましも落ちかかっている光景を目にしたと
する。通りかかった人は、普通の人間ならす
べて、
「忍びざるのこころ」
を持っているから、すぐ、
「助けなければ」
と思って走り出す。そのときためらって、
「助けなかったら誰かにあとから批判される
だろうか。それとも助けたら、家族がお礼に
何かくれるだろうか」
などというさもしいことは考えない。無計算
で駆け出していく。それが孟子の、
「忍びざるのこころ」
である。
 しかし、孟子はこの忍びざるのこころにつ
いてこういうことをいう。
「忍びざるのこころは、人間がつねに持たな
ければいけないから、これを恒心と名づけよ
う。しかしこの恒心も、あるものがなければ
保てない。あるものとは恒産をいう」
 と説明して、有名な
「恒産なければ恒心なし」
といいきった。∵
 いまリストラにあって、
「おまえはあしたから、会社にこなくていい
。自宅待機だ」
といわれたとする。そのビジネスマンの子供
が、春から私立の大学に行っている。学費が
高い。これをどうするか。また、家を建てた
ローンが終わっていない。返済計画には、本
給だけではなく時間外勤務手当や旅費や、ボ
ーナスなどの雑給もすべてぶちこんできた。
自宅勤務になると、これらのものも支給され
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
ないという。
「いったいおれと家族は、どうやって生きて
いけばいいんだ?」
というような、切実な悩みに襲われている人
間に、
「おまえは少し、忍びざるのこころが足りな
いぞ。もっと他人の悲しみや苦労に同情しろ

というのは、いうほうが無理だ。
 いまから二千数百年前に、孟子はこういう
人情の機微をすでにいい当てているのだ。

 (月刊「致知」童門冬二氏の文章より)