a 長文 2.2週 yube2
内村鑑三かんぞうのこと

 君は内村鑑三かんぞうという人を知っているかい。
「少年よ、大志をいだけ」
 といったクラーク先生の開拓かいたく精神を校風とする札幌さっぽろ農学校(今の北大の前身)の第二回卒業生だ。のちアメリカにわたって、キリスト教を勉強し、日本にかえり、どの教会にもぞくしないキリスト教をひろめた。学者でもあり、文学者でもあった。
 アメリカでは、精はく施設しせつの看護人もしたくらいで、生活は楽でなかった。
 あるとき、いよいよ金にこまって、以前に、こまったときは来なさいといってくれた米人のことを思いだし、雪の降る夜、ぬかるみに足をとられながら、たずねていった。
 その家のまえまできて、その人のいる書斎しょさいの窓の灯をみつめて、かれはかんがえた。
 待てよ、もし、ここで金をめぐんでもらったら、日本へかえってキリスト教をひろめるとき、
「あの福音には金のにおいがするぞ」
 といわれるだろう。
 信仰しんこうを生活のたよりにしてはならない。そう思ったかれは、むしろ飢えう をがまんしたほうがいいと、きびすをめぐらして、雪の道をひきかえした。
 かれ選択せんたくは正しかった。日本にかえってから、かれの人間としての清潔さが、おおくの人の信用をえて、たくさんの信者がかれのまわりにあつまった。
 日戦争のとき、内村鑑三かんぞうは平和主義の立場から非戦論をとなえて、戦争に反対した。反戦牧師だったわけだ。そのころ、国民のほとんどが軍国主義者だったから、戦争に反対するのは、たいへんなことだった。けれどもかれは平和主義をまもりとおした。
 自分の信念をまもろうとしたら、かんたんに人から援助えんじょをうけてはいけない。
 人間が人間を信じるのは、そのいっていることが本心からでているときだけだ。
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 どんなに、りっぱなことをいっても、どんなにえらそうな口をきいても、それが本人の心の底からの声でなく、他人から金をもらったり、いい役につけてもらったりしているからだったら、信用してもらえない。世間から提灯持ちだとか、「男めかけ」だとか、いわれるだろう。
 人間は、自主独立ということが、いちばん大切だ。

『人生ってなんだろ』(松田道雄みちお)より
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