お正月
1元日はおかしな日だ。きのうまでいそがしく動きまわっていたおとなたちが、映写機の故障でフィルムがとまったように、おちついて笑顔をみせている。
2お正月なんか、ちっともおめでたくないや、おとなが勝手にきめて、酒をのむ口実をつくってるだけじゃないか、と思っている人もあると思う。
お正月に、そういう感じをもつ人は、昔からいた。一休和尚という坊さんがそうだった。3室町時代のおわりちかく、京都の大徳寺の住職をしていた。この人は正月に、
正月は冥途の旅の一里塚
めでたくもありめでたくもなし
という歌をつくって、おめでたい、おめでたいといっている人をからかった。
4人間は年をとって死ぬのが当然だから、正月は死に一歩ちかづく里程標だというわけだ。
人間の世界は何ごとにも、喜ぶべきことと、悲しむべきことが、両方ふくまれている。
5どうせ死ねばだれでも無になってしまうのだ。それだからこそ、めでたいほうに賭けるべきではないか。正月は、そういう賭けの季節だ。
自分は才能があるのかも知れぬ、ないのかも知れぬ。それだったら正月は、才能のあるほうに賭けるときだ。
6去年、仲たがいした友人があるとしよう。人間は一〇〇パーセント意地悪ということはない。意地悪をしたとしても、その人間のなかにある善良なものが、ゼロになったということではなかろう。そうなら、仲たがいした相手のなかの善良なものに賭けるべきだ。
7去年は、何かで親と争って、親をばかにしている人があるとしよう。いちど、ぐあいがわるくなると、親子のあいだは、非常にばつのわるいものだ。わるうございましたなどとあやまるのは、最高にてれくさい。8だが、正月は、親も子も、去年のことを忘れるほうに賭けていいときなのだ。
正月は人間のつくりあげたフィクションであることは、まちがいない。
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