a 長文 9.4週 yabi2
 石の魅力みりょくは、その美しさだけでない。その魅力みりょくとは、石が伝えてくれるさまざまなメッセージにある。石は「地下からの手紙」といってもいいだろう。地球上には約三〇〇〇種の鉱物があり、それぞれの名前はその化学成分と結晶けっしょう構造、つまり、どういう元素がどのように配列しているかで決まる。そして岩石中にどんな鉱物が含まふく れるかは、その岩石がさらされた温度や圧力などの物理的要因と岩石の成分といった化学的要因とで決まる。
 たとえばダイヤモンドと石墨せきぼくという二つの鉱物がある。ダイヤモンドは地球上で最も硬くかた 、またその美しさは宝石のなかでも群を抜いぬ ている。一方、石墨せきぼくは黒色でひじょうに脆いもろ 鉱物で、鉛筆えんぴつしんに使われたりする。このまったく異なる二つの鉱物、じつはどちらも化学成分は同じで、炭素だけからなる。それなのに違いちが が生じるのは、両者のつくられた環境かんきょう違うちが からである。
 実験室で石墨せきぼくに高い圧力と温度を加えてやるとダイヤモンドに変化する。高い圧力では炭素原子がぎっしりと結合してひじょうに硬いかた ダイヤモンドになるのである。逆に圧力が下がるとダイヤモンドは石墨せきぼくになる。このことから少なくとも地下一五〇キロメートル程度より深くにしか、ダイヤモンドは存在し得ないとされる。
 ダイヤモンドはキンバーライトという一種の火山岩中に産する。地上には存在し得ないダイヤモンドを私たちが目にすることができるのは、キンバーライトのマグマが上昇じょうしょうするとき、地下深くにあったダイヤモンドを地表まで運んできたからである。そのときマグマがゆっくり上昇じょうしょうしていたら、ダイヤモンドは途中とちゅう石墨せきぼくに変わってしまう。このことから、その上昇じょうしょうする速度は石墨せきぼくに変化するひまがないくらいのもうスピードで、少なくとも時速一〇〇キロメートル以上と見積もられている。まさにキンバーライトは、ダイヤモンドという「手紙」を、地下から運んできた特急列車なのである。
 では、ダイヤモンドという「手紙」には何が書かれているのだろうか。近年、ダイヤモンドのつくられた年代が測定され、多くの興味深い事実が明らかになってきた。地球最古の岩石は約三九億年前とされているが、ある種のダイヤモンドが四五億年前というとん
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でもなく古い年代を示すのである。地球の年代は約四六億年であるから、このことは地球誕生の当初から地下に炭素が存在していて、それがダイヤモンドになったことを示している。
 地球は太陽系の他の惑星わくせいとともに、惑星わくせいが集合してつくられた。地球上に降り注ぐ石はその惑星わくせいのなれの果てであり、なかでも炭素質コンドライトと呼ばれる種類の石は、太陽系のもととなった物質に最も近いと考えられている。ある種のダイヤモンドをつくった炭素は、そのような石からもたらされたのである。このように、ダイヤモンドという一つの鉱物のなかには、じつにたくさんの情報が含まふく れている。あなたの持っているダイヤモンドは、ひょっとしたら太陽系をつくった物質のかけらなのかもしれないのである。
 そんなことを思って鉱物を見たら、多少は見る目が変わるのではないだろうか。ダイヤモンドに限らず、どんな鉱物もそのつくられてきた歴史を背負っている。そんな一つ一つの鉱物が持つ履歴りれきを積み重ねていくと、その鉱物を含んふく だ岩石の歩んだ歴史が浮かび上がっう  あ  てくるのである。それを伝えてくれる岩石や鉱物は「過去からの手紙」である。
 岩石のなかで、鉱物は自らが持つ本来の色と形をもってして、私たちに多くのことを語りかけてくれる。そんな「過去からの手紙」に書かれた文章を読み解くのが、鉱物や岩石に接する最大の魅力みりょくであろう。そしてそれを伝えてくれるところに、鉱物のほんとうの美しさがあるのではないだろうか。

(河合雅雄まさお編「ふしぎの博物誌」による)
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