1「楽」という漢字には大きくいってふたつの意味がある。ひとつは楽しいとか快楽とかの「楽」。もうひとつは便利とか簡単を意味する「楽」。「楽しいこと」と「楽なこと」。
2このふたつを混同し、まるで同じことを意味しているかのように思いこむのは危険なことだ。少し考えればわかるように、楽なことが楽しいとは限らない。便利で楽なことがかえってぼくたちの楽しさをうばってしまうこともある。3そして、楽しいことが、難しかったり、複雑だったり、面倒だったり、時間がかかったりすることはよくある。そればかりか、難しくて、複雑で、面倒で、時間がかかるからこそ、楽しい、ということも珍しくない。
4だから、ぼくたちはやっぱり、「楽しいこと」を「楽なこと」から区別しておいたほうがいい。ファストな「楽」を手に入れるために、スローな楽しさや気持ちよさを犠牲にしないようにしよう。5そう考えるのがアウトドアという遊びだ。それは、楽で便利なことのかわりに不便で時間のかかるスローな楽しさをぼくたちに与えてくれる。
アニメ映画の宮崎駿監督がどこかで言っていたことを思い出す。6元気のない今の幼い子どもたちに元気を出してもらうためには、まず保育園や幼稚園の庭をデコボコにするのがいい、と。実際にそうした保育園があって、子どもが確かに生き生きと元気にかけ回っているという。7しかしどうやらこれは幼い子どもばかりの問題ではなさそうだ。つまり、ぼくたちが生きる人工の世界は、どこもかしこもまっ平らで、ぼくたちはみんなデコボコという楽しさをとりあげられてしまったのではないだろうか。
8デコボコはたしかに不便だし、効率的ではない。便利さと効率性ばかりを追い求める経済中心の社会は、デコボコが好きではない。でもデコボコこそ自然界の特徴だといえる。9日本は、二十五倍もの広さをもつアメリカよりも多くのコンクリートを使って、世界一のペースで自然のデコボコを人工的で平らな平面に変えてきた国だ。0単に一部の人々の経済的な利益のためというだけでは説明できない「反デコボコ」や「反自然」の力が社会全体に強く働いていたとしかぼくには思えない。もちろん、それは一方で経済成長の原動力となったわけだが、もう一方では、いたるところで自然環境と地域の文化を破壊して、楽しくない世の中をつくることにもなった。
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