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に働けば角が立つ。情にさおさせば流される。意地を通せば窮屈きゅうくつだ。兎角とかくに人の世は住みにくい」これは夏目漱石そうせきの作品『草枕くさまくら』の冒頭ぼうとうの一部であるが、人の世のありさまが見事に説明されている。知に頼ったよ て論理を押し通そお とお うとすれば確かに角が立つし、感情のおもむくままに動けば目的地にはなかなか到達とうたつしない。どこまでも自分の考えを通そうとすれば、気づまりな雰囲気ふんいきになる。世の中は簡単にはいかないものだというのが実感である。
 漱石そうせきは、その後で、「人の世を作ったものは神でもなければおにでもない。矢張り向う三軒さんげん隣りとな にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越すこ 国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう」と言っている。やはり人の世で住んでいく以外に選択せんたくの余地はないのだ。
 向こう三けん隣りとな にいる人たちは、考え方や行動様式もさまざまである。好感の持てる人もいれば、できるだけ顔を合わせたり話をしたりしたくない人もいる。いやな人がいるからといって別の場所に越しこ て行っても、やはり気に触るさわ 人の何人かは必ずいる。どこへ行っても大同小異だ。
 自分が全く抵抗ていこうを感じない人たちだけに囲まれて生きていこうと考えても不可能なことは、物心がつく年頃としごろから分かっているはずである。自分が勝手に生きていきたいからといって、全く人と付き合わないで一人で暮らしていくほどの勇気や強さもない。そうであれば不平を言ってみても始まらない。この世は住みにくいと考えて否定的に生きていくか、人生は山あり谷ありの変化に富んだ面白いものだと考えていくかによって、局面は大きく変わってくる。
 同じ人生を生きるのであれば、悲しく生きるより楽しく生きた方がよいに決まっている。人の世に興味を持ち積極的に取り組んでいけば必ず道は開ける。積極的といっても、がむしゃらに人を押しのけお   突き進むつ すす ことではない。すべてを肯定こうてい的に考える努力をするという意味だ。肯定こうてい的に考える姿勢から余裕よゆうが生まれ、人の
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ことも考えられるようになる。
 大所高所から見れば、人間はお互いに たが  力を合わせて助け合っていく以外に平和に生きていく道はない点はだれの目にも明らかである。この簡単な道理を常に忘れないで、毎日の生活の場やビジネスの場にフレキシブルな態度で臨む必要がある。竹のように強くしなやかでありたい。
 人間同士で上手に生きていくコツは、角が立たないようにに働き、流されないように情にさおさし、窮屈きゅうくつにならないように意地を通していくバランス感覚にある。

山崎やまざき武也たけや「一流の人間学」より)
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