a 長文 12.2週 wapu2
 文化とはその国の人々の行動の規範きはんの統合であり、人々に共有され、伝承されている有形無形の民族的財産である。その文化が、さまざまな外的環境かんきょう影響えいきょうを受けて変化していくことを「文化の変容」とよんでいる。
 文化の変容に大きな影響えいきょう及ぼすおよ  のは情報であり、かつてその担い手は新聞・書籍しょせきなどによる活字メディアという知の力であった。
 活字を媒介ばいかいとした知のメディアは、文化の交流や互いたが の文化を理解する上で、大きな力となる。そのため他国の文化の影響えいきょうを受け、自国の文化が変容していく、いわゆる文化の受容のもっとも大きな要因もやはり活字メディアの力なのである。情報が活字化され、一旦いったん印刷物となるや、そこに盛られた知識の伝達力は他のメディアのどれにも増して強力であり、正確な記録と知識のデータベースとして蓄積ちくせきされていく。
 つまり、過去の知識べースを土台に、修正されたりさらに新しい知識が加わったりしながら積層構造をもった知のデータベースがつくりあげられ、その国の知力となり、文化をつくりあげる、いわば知的環境かんきょうのインフラとなる。
 もちろん、文化の受容や変容は知識ベースに限らず、食や嗜好しこう品、流行などの面でも行われる。イギリス人のティー・セレモニーやティー・パーティーの習慣は、一七世紀中国から陶磁器とうじきと合わせてもたらされた茶の文化によるものである。日本人が喫煙きつえんする習慣は、一六世紀ポルトガル人が九州に渡来とらいし、日本中に広まった。そのタバコも、西インド諸島の先住民やネイティブ・アメリカンからヨーロッパに伝えられ、世界中に喫煙きつえんの文化が広まったものである。
 また文明開化の明治期、鹿鳴館ろくめいかんで開かれた上流階級の舞踏ぶとう会の女性の夜会服は、バッスル・スタイルとよばれる、腰部ようぶまくら状の詰めつ 物を入れてしり膨らまふく  せたすその長いスカートで、当時ヨーロッパで流行していたビクトリア朝風のファッションであった。これ
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はまさしく、欧米おうべい化を急ぐ明治政府の政策的な直輸入型文化の受容であったといえよう。
 人々の日常の中でもっとも比重の高い生活文化は宗教であろう。キリスト教文化けんやイスラム教文化けんといわれるように、宗教観がもたらす日常生活に根ざした戒律かいりつ・タブーや生活習慣は、極めて堅固けんごであるがゆえに、より広範こうはんな地域で文化が保持される。しかしそれすらも、長い時間をかけ、その地域の民族性や社会的事情に合わせて徐々にじょじょ 変容していく。日本の文化はその好例であろう。
 多くの神や仏を受け入れ、冠婚葬祭かんこんそうさいでは敬虔けいけんな仏教や神道の信者に、クリスマスには、にわかクリスチャンに変化する現代日本人の気質の中にも、それは明らかである(もっとも結婚式けっこんしきのスタイルはウェディングドレスと着物の和洋折衷わようせっちゅうであり、和魂洋才わこんようさいの成果ともいえるのか)。これらの文化の受容と変容は、為政者いせいしゃの政策的な意図が働く場合はともかく、長い時間を要して行われるのが一般いっぱん的な現象であった。
 だが、手書きメディアの時代から活字メディアの時代に移行して以降、格段に文化の交流は早まった。そのスピードはラジオやテレビジョンの電気メディアの時代となると、等比級数的に早まり、さらに現代のIT時代のデジタル・メディアの時代では、国を超えこ た情報の即時そくじ通信や検索けんさくが可能となった。さらに個人のだれもが、国家のような巨大きょだい組織とも対等にインタラクティブな情報交換こうかんをすることが、いつでもできるようになったのである。
 つまり情報のグローバル化によって、地球全体が、インターネットというひとつのサイバー・スペースの情報ネットワークで結ばれ、均質化された情報が蔓延まんえんすることになる。このことは、いままでそれぞれの国や地域の長い歴史の中で醸成じょうせいされてきた伝統的な独自の文化が個性を失い、均質化された無国籍こくせき風の様式になる危険性も、同時に併せあわ もつことになる。
 地球上どこの国へ出かけていっても、コカ・コーラ     やハンバーガーがあり、同じようなTシャツとジーンズをはいた風体の若者がケ
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長文 12.2週 wapu2のつづき
ータイを手に街を闊歩かっぽする様は、もう現実のものとなっている。何とも淋しいさび  光景ではないか。
 このような社会状況じょうきょうでは、互いたが の情報環境かんきょうさえ整えば、異文化間の交流がそのときの互いたが の精神的受容の許容度に応じて容易に行われることは明らかだ。
 つまり、現代のIT化時代は、社会的な情報環境かんきょうというインフラストラクチャからみると、ほぼ完璧かんぺきに文化の受容と変容に関する条件が整いつつある。しかしながら、優れた文化の継承けいしょうと保護という観点から考えると、必ずしも手ばなしで歓迎かんげいできる事態ではないことは確かだ。また、他国の情報が即座そくざに入手できるようになったが、知識として受容できても、文化のレベルでは拒否きょひ反応を起こすという例はいくらでもある。

三井みつい秀樹ひでき「メディアと芸術」より)
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