a 長文 11.4週 wapu2
 少子という言葉が出てくるのは、一九九二年の『平成四年版国民生活白書』(経済企画庁けいざいきかくちょう編)であり、「少子社会の到来とうらい、その影響えいきょうと対応」というタイトルがつけられている。以降、高齢こうれい化と対になる形で、「子ども数や出生率の継続けいぞく的な減少傾向けいこう」という意味で、少子化という言葉が使われるようになった。なお、本書でも、少子化を「生まれてくる子ども数が継続けいぞく的に減少する事態」という意味で使うことにする。
 十五年経った現在の時点でこの白書を読み返してみると、現在言われている少子化の問題点の多くがすでに記述されていることに驚きおどろ を禁じ得ない。当時はバブル経済の末期であり、日本社会の将来見通しに関しては、まだ楽観的なものが多かった。その中で、このまま少子化が進行すれば、経済成長の鈍化どんかから現役世代の負担の増大まで、様々な社会問題が将来起こるであろうことを、きちんと指摘してきしているのだ。
 その上、女性労働力の活用や子どもをもつ女性が働きやすい環境かんきょうを整えるなど、現在言われている少子化対策の多くがそこに記されている。
 (中略)
 現実には、事態はむしろ悪化していったのである。バブル経済ははじけ、平成不況ふきょうに加えて、経済のグローバル化、IT化が進展した。一九九〇年代後半には、雇用こようの規制緩和かんわが進み、金融きんゆう危機が起こり、そのしわよせが、団塊だんかいジュニア以下の若年層、つまり、結婚けっこん、出産年齢ねんれい層に押しつけお   られた。経済の構造変動そのものは、政府の直接的責任ではないにしろ、大量のフリーターや派遣はけん社員など非正規雇用こようが増え、正社員も収入が上がらず、結果的に若者の経済状況じょうきょうが悪化するのを放置した。
 子どもをもつ女性が働きやすい環境かんきょうが整う前に、若者がまともな収入を稼いかせ で生活できる仕事自体が失われてしまったのだ。
 (中略)
 私は本書の中で、日本社会の少子化の主因を、(1)「若年男性の収入の不安定化」と(2)「パラサイト・シングル現象」の合わ
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

せ技(専門用語だと交互こうご作用ということになる)だと結論づける。パラサイト・シングルとは、「学卒後も親に基本的生活を依存いぞんする独身者」のことである。そして、現在、韓国かんこく台湾たいわんなど東アジア諸国で急速に進む少子化もこの主因で説明できると考えている。
 もちろん、いくつかの条件が付く。その中には、「男女共同参画がなかなか進まない(女性の社会進出が不十分)」というものも含まふく れる。また、副次的な要因として「男女交際が自由化された」ことがある。
 しかし、あくまで、主因は、(1)と(2)、それも、二つが揃っそろ てはじめて起こるものである。なぜなら、それぞれ単独で作用しても、少子化は起こらないと考えられるからである。
A 若年男性の収入が不安定化しても、パラサイト・シングル現象がなければ、少子化は起こらない。
B パラサイト・シングル現象はあっても、若年男性の経済見通しがよければ、少子化は起こらない。
 そして、副次的要因とした「男女交際の自由化」も、それが、少子化と結びつくためには、(1)と(2)の要因で作られた状況じょうきょうが必要なのである。
 (中略)
 豊かな親の元で育ち、「結婚けっこん生活や子育てに期待する生活水準」が上昇じょうしょうする一方、低成長経済への転換てんかんにより、若年男性の収入の大きな伸びの が期待できなくなる。その結果、晩婚ばんこん化、そして、未婚みこん化が開始される。一九七五年から始まる少子化のロジックは、実に明確である。データを見ると、この時期から、交際を始めてから結婚けっこんするまでの期間の延びが始まる。結婚けっこん相手が決まっていたとしても、新しい生活を始めるのに必要な「資金」が貯まるまで、一方が、もしくは両方が親と同居して待つという選択せんたくがとられ始めたと解釈かいしゃくできる。
 しかし、単に、知り合ってから結婚けっこんまでの期間が延びただけではない。若年男性の収入見通しに格差がつきはじめ、結婚けっこん難に直面する層が現れたのである。大卒で大企業きぎょう勤務の若年男性なら、年功序列カーブが多少緩んゆる だにしろ、終身雇用こようで、安定した収入が得られ
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
長文 11.4週 wapu2のつづき
る見通しが高いだろう。しかし、先程述べた業績が伸びの ない中小企業きぎょうの労働者や零細れいさい農家や自営業の跡継ぎあとつ の男性は、収入の伸びの が期待できない。その結果、結婚けっこん相手として選ばれにくく、結婚けっこん遅れおく 、また、未婚みこん状態に留まるものが出てくる。
 (中略)
 結婚けっこんには、好きな人とコミュニケーションをするという要素と、共同生活をするという要素が含まふく れている。そして、一緒いっしょに生活するには、お金がかかる。つまり、結婚けっこんとは、好きな人とコミュニケーションを深めるということでもあるし、お金を稼いかせ で生活費に充てあ 、家事分担を行うという経済問題が発生することでもある。
 (中略)
 だから、男女交際が活発化すると、「経済的要因」が前面に出てくる。
 (中略)
 恋愛れんあいに関する意識が変化して、「好きでも結婚けっこんする必要がない」状況じょうきょうが出現したのだ。好きでも結婚けっこんする必要がないので、「結果的に」、結婚けっこんは経済問題となる。

(山田昌弘まさひろ『少子社会日本―もうひとつの格差のゆくえ』による)
 999897969594939291908988878685848382818079787776757473727170696867 


□□□□□□□□□□□□□□