1「ごはんですよ。」
キッチンから、お母さんの声がしました。ソースを煮込むので、そのにおいでとっくにメニューはわかっています。だから本当は勉強していることになっているけれど、ぼくは気もそぞろで、今か今かと部屋のドアを開けて待っていたのです。
2和食、中華、洋食、エスニック、日本では外国に行かなくても、各国の料理が楽しめます。お店で食べるだけでなく、いろいろな食材が売られているので、家でも食べることができます。なんて幸せなのだろうと、ぼくはごはんのたびに思います。
3ぼくが特に好きなのは、イタリアンです。オリーブオイルとガーリックの香りや、トマトの酸味、複雑なハーブの味わいなどがぼくの五感を刺激します。中でもパスタ類は特別で、何もない時は、めんをゆで、オリーブオイルとパルメザンチーズだけで食べられるくらいです。
4今夜は、野菜もたっぷり入れたスペシャルミートソースです。ぼくは、フォークにスパゲティを巻きつけながら、うっとりと、
「どうしてこんなにおいしいのかなあ。本当に毎日でも食べたいよ。」
と言いました。
5すると、
「啓介は、お母さんのおなかにいるときから、スパゲティが好きだったからね。」
実はこの話は、毎回繰り返されるのですが、お母さんは話したことなど、すっかり忘れて、まるでそれが初めてのようにいつも不思議そうに語ります。
6「お母さんはずっと和食党だったのに、どういうわけか、啓介がおなかにいるとき、調子が悪くてもミートスパゲティだけは食べられたの。毎日でもいいくらいに。」
そこで決まって、妹ののり子が、
「その話、何回も聞いた。」
と言います。
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