a 長文 10.1週 tu
「ああっ。」
わたしは、目を疑いうたが ました。石井いしい君の指は、小さな赤べこをつまんでいました。赤べことは、福島県の郷土きょうど玩具がんぐで、「赤いべこ」つまり、赤い体をした、牛のことです。首が振り子ふ このようにゆらゆらゆれる、とてもユーモラスな格好かっこうの牛です。わたしの赤べこは、キーホルダーになっています。それをランドセルに下げていました。石井いしい君はふざけて触っさわ て遊んでいたのですが、何かの拍子ひょうしにはずれてしまったようです。いっしょにいたさやかちゃんが、あわててつけ直してくれようとしました。しかし、赤べこの背中せなかについていた輪っかわ  折れお ていて、もうチェーンとつなげることができなくなっていました。石井いしい君は、いつものいたずらぼうずの顔から、びっくりした顔になって、
「ごめん。取れちゃった。」
と言いました。
 この赤べこは、わたしが一年生のとき、福島のおばあちゃんが送ってくれたものです。わたしの赤いランドセルにぴったりだったので、一年生のときからずっと、お守り代わりにつけています。わたしの大事な大事な宝物たからものです。
 でも、わたしは、石井いしい君がわざと壊しこわ たわけではないと知っていました。わたしは、なるべく明るい言い方で、
「あ、いいよ。これ、たぶんもう古くなっていたんだ。」
と言いました。石井いしい君は、少しほっとした顔になりましたが、もう一度、
「でも、ぼくがひっぱったから……。」
と、小さく言いかけました。わたしは、
「いいの、いいの。気にしない。そういう運命だったんだから。」
と、元気に言って、赤べこを手に取りました。
 壊れこわ た赤べこに目をやると、赤べこは、のんびりした顔で、手のひらに横たわっています。じっと見ていると、不思議ふしぎなことに赤べこが少し笑っわら たような気がしました。
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「まあまあ、そんなにしんべ(心配 )しねえで。」
そんな牛の言葉まで聞こえた気がして、ふと顔を上げると、石井いしい君もじっと赤べこを見つめています。わたしたちは、顔を見合わせて、思わずくすっと笑いわら ました。
 その日、わたしは家に帰ってから、お母さんに、壊れこわ てしまった赤べこを見せました。お母さんは少し驚いおどろ た顔をしましたが、事情じじょうを聞くとすぐに納得なっとくしてくれました。そして、赤べこを見ながら、
石井いしい君、気にしていないといいね。」
と言いました。わたしは、牛の声を聞いたんだから大丈夫だいじょうぶ、と心の中で思いました。
 お父さんが帰ってきたら、たぶんうまく直してくれるでしょう。今度、福島のおばあちゃんの家に行くときに、元気になった赤べこを一緒いっしょ連れつ ていくつもりです。

(言葉の森長文ちょうぶん作成さくせい委員会 φ)
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