1次の朝早く、海蔵さんは、また地主の家へ出かけていきました。門をはいると、昨日より力のない、ひきつるようなしゃっくりの声が聞こえてきました。だいぶ地主の体がよわったことがわかりました。
2「あんたは、また来ましたね。親父はまだ生きていますよ。」
と、出てきた息子さんがいいました。
「いえ、わしは、親父さんが生きておいでのうちに、ぜひおあいしたいので。」
と、海蔵さんはいいました。
3老人はやつれて寝ていました。海蔵さんは、枕もとに両手をついて、
「わしは、あやまりにまいりました。昨日、わしはここから帰るとき、息子さんから、あなたが死ねば息子さんが井戸を許してくれるときいて、悪い心になりました。4もうじき、あなたが死ぬからいいなどと、恐ろしいことを平気で思っていました。つまり、わしはじぶんの井戸のことばかり考えて、あなたの死ぬことを待ちねがうというような、鬼にもひとしい心になりました。5そこで、わしはあやまりにまいりました。井戸のことは、もうお願いしません。またどこか、ほかの場所をさがすとします。ですから、あなたはどうぞ、死なないでください。」
といいました。
6老人は黙ってきいていました。それから長いあいだ黙って海蔵さんの顔を見上げていました。
「お前さんは、感心なおひとじゃ。」
と、老人はやっと口を切っていいました。
7「お前さんは、心のええおひとじゃ、わしは長い生涯じぶんの欲ばかりで、ひとのことなどちっとも思わずに生きてきたが、今はじめてお前さんのりっぱな心にうごかされた。お前さんのような人は、いまどき珍しい。8それじゃ、あそこへ井戸を掘らしてあげよう。どんな井戸でも掘りなさい。もし掘って水が出なかったら、どこにでもお前さんの好きなところに掘らしてあげよう。あのへん
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