a 長文 7.3週 ti
 母屋はもうひっそりしずまっていた。牛小屋もしずかだった。しずかだといって、牛は眠っねむ ているかめざめているかわかったもんじゃない。牛は起きていてもていてもしずかなものだから。もっとも牛がをさましていたって、火をつけるにはいっこうさしつかえないわけだけれども。
 巳之助みのすけはマッチのかわりに、マッチがまだなかったじぶん使われていた火打ちの道具を持ってきた。家を出るとき、かまどのあたりでマッチを探しさが たが、どうしたわけかなかなか見つからないので、手にあたったのをさいわい、火打ちの道具を持ってきたのだった。
 巳之助みのすけは火打ちで火を切りはじめた。火花は飛んと だが、火口ほくちがしめっているのか、ちっとも燃えも あがらないのであった。巳之助みのすけは、火打ちというものは、あまり便利べんりなものではないと思った。火が出ないくせにカチカチと大きな音ばかりして、これではている人がをさましてしまうのである。
 「ちぇッ」と巳之助みのすけ舌打ちしたう していった。「マッチを持ってくりゃよかった。こげな火打ちみてえな古くせえもなア、いざというとき間にあわねえだなア。」
 そういってしまって巳之助みのすけは、ふと自分の言葉をききとがめた。
「古くせえもなア、いざというとき間にあわねえ、……古くせえもなア間にあわねえ……」
 ちょうど月が出て空が明るくなるように、巳之助みのすけの頭がこの言葉をきっかけにして明るく晴れてきた。
 巳之助みのすけは、今になって、自分のまちがっていたことがはっきりとわかった。――ランプはもはや古い道具になったのである。電灯でんとうという新しいいっそう便利べんりな道具の世の中になったのである。それだけ世の中がひらけたのである。文明開化が進んだのである。巳之助みのすけもまた日本のお国の人間なら、日本がこれだけ進んだことを喜んよろこ でいいはずなのだ。古い自分のしょうばいがうしなわれるからとて、世の中の進むのにじゃましようとしたり、なんのうらみも
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ない人をうらんで火をつけようとしたのは、男としてなんという見苦しいざまであったことか。世の中が進んで、古いしょうばいがいらなくなれば、男らしく、すっぱりそのしょうばいはてて、世の中のためになる新しいしょうばいにかわろうじゃないか。
 巳之助みのすけはすぐ家へとってかえした。

(新美南吉なんきちちょ 「おじいさんのランプ」より)
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