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 ヒトとイエバエの対比たいひを少し進めてみると、大きさはいうまでもないでしょう。寿命じゅみょうはヒトを、平均へいきん六十五年とすれば、イエバエはわずか二週間です。このあいだでたまご幼虫ようちゅう・サナギ・成虫せいちゅうが終わってしまいます。
 子どもは、今日の日本人の平均へいきんてき子どもの数は、二・二人すなわち、二人か三人、ハエは二百〜三百のたまご産みう ます。この寿命じゅみょうと子どもの数で考えると、イエバエは一年間に、ものすごい数にふえることになります。ある計算では、一対のハエの子孫しそんが、半年でおくの百倍以上いじょうの数になるといわれます。
 もちろん、ハエはこんなにはふえません。死んでしまう子どもが多いからです。ただし、この死んだ子どもはたまごであれ幼虫ようちゅうであれ、必ずかなら ほかの動物か植物の役に立っています。その点ヒトでは、ほかの生き物にとって何の役にも立たない子どもが、生き続けつづ ていることになります。
 ハエが、短い期間で大量たいりょうたまご産むう ことには、大きな意味があります。それは、遺伝いでんにかかわる問題が、短いあいだで効果こうかてきにかたづくことです。ある薬品に対して、抵抗ていこうせいのある個体こたいがいたとしましょう。ほかの個体こたいには抵抗ていこうせいがないと、薬品にであった場合、死んでしまうでしょう。
 ところが、抵抗ていこうせいをもっている個体こたいは生きのこります。これが子孫しそんをのこしていくと、子どもたちはみな、抵抗ていこうせいを持つものになります。しかも一生が短いから、この間に抵抗ていこうせいのないものが死に絶えし た 抵抗ていこうせいのあるものが生きのこり、ハエのむれがすべて、抵抗ていこうせいのある個体こたいに入れかわる結果けっかになります。このように短期間で、仲間なかま性質せいしつをすべて変えか てしまうことができます。
 ヒトの場合は、一生が長く、生まれる子どもの数も少ないので、特別とくべつ性質せいしつを、グループ全体に入れかえてしまうには、ひじょうに長い、おそらく何万年という時間がかかるでしょう。
 また、ハエとヒトの運動せいをくらべるとどうでしょうか。もち
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ろん、ヒトはハエのように飛べと ません。その意味ではヒトの運動の範囲はんいは、ハエよりもせまいでしょう。
 ところで、ハエのすばらしさはスピードの調節ちょうせつのみごとさです。そうとうな速さで飛んと できたハエは、そのまま速さを変えか ずに、ぴたりとかべにとまります。もし、これをヒトにあてはめると、百メートル、全力疾走しっそうしてきたヒトが、かべの前で速度をゆるめず、ぴたりと止まることになるでしょう。
 ヒトには、とてもこんなことはできません。百メートルのゴールは、そこで終わりではなく、走りぬける先があるから、全力で走ってこられるのです。ヒトはスピードを加えるくわ  にも、おとすにも、助走が必要ひつようです。これは運動の上からいえばむだな部分です。
 ハエは、助走も加速かそくもせず、ある場所に自由にとまり、自由に飛びだすと   ことができます。こんな動き方は、ヒトが考えだしたどんな飛行機ひこうきでも、ヘリコプターでも、やることができません。むだな運動をしないことは、活動のエネルギーをたいせつにしていることになります。

 (「いい虫わるい虫」奥井一満 日本少年文庫より一部直す)
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