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 事件じけんがおこったのは、今からやく百年前の一八八五年七月六日のことでした。二日前に狂犬病きょうけんびょうの犬にかまれたかわいそうな犠牲ぎせいしゃが、かれらの実験じっけん室につれてこられました。ジョゼフ=メイステルという少年です。
 パストゥールははじめ少年の治療ちりょうをことわりました。かれの方法ほうほうは、まだ治療ちりょう使えるつか  ような段階だんかいではなかったからです。しかし、友人のビュルパン医師いしとグランシェール医師いしが、かれを説得せっとくしました。なにもしなくても少年はまちがいなく死んし でしまいます。それは治療ちりょうしてもしなくても、これ以上いじょう悪くわる なることはないということでした。
 パストゥールは決心けっしんしました。四十年という長い研究けんきゅうのあと、パストゥールはついに人間にたどりつきました。
 狂犬病きょうけんびょうはかならず死ぬし 病気びょうきでした。
 しかし、パストゥールにとっては都合つごうのよいこともありました。それは、狂犬病きょうけんびょうの犬にかまれてから、実際じっさい狂犬病きょうけんびょう症状しょうじょうがあらわれるまでに一か月くらい時間がかかることです。この一か月のあいだに、パストゥールはジョゼフ少年に、毒性どくせいの弱いウイルスを接種せっしゅして予防よぼうし、次につぎ 接種せっしゅするもう少し強いウイルスに対し たい 免疫めんえきにすることができます。
 七月六日の夜に、グランシェール医師いしは、できるだけ弱めた脊髄せきずいえきをつかってワクチンを接種せっしゅしました。それから毎日すこしずつ強いものを接種せっしゅしていきました。十日め、もっとも毒性どくせいの強い狂犬病きょうけんびょうウイルスを接種せっしゅしました。
 このときの不安ふあんがどんなに大きいものだったか、みなさん、想像そうぞうすることができますか。
 この病原びょうげんウイルスは、とても毒性どくせいが強いので、それだけでも少年のいのちをうばってしまうはずです。しかし、さきに少年の体内にはいった病原びょうげんウイルスのあとを追っお てはいりこんだ、この強い
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狂犬病きょうけんびょうウイルスは、目的もくてきをかえてしまいました! 殺さころ ないで、ぎゃくに少年を守っまも たのです。症状しょうじょうがあらわれるはずであった八月ごろには、ジョゼフ少年の体は病気びょうきに対して たい  抵抗ていこうできる状態じょうたい、つまり免疫めんえきになっていました。
 
 「細菌さいきん戦うたたか パストゥール」(ブラーノ=ラトゥール)偕成社かいせいしゃ
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