a 長文 9.2週 ri
 トンボ王国は、いうなればトンボと親しむためのカタログです。自然保護の場である以上に、博物館やトンボ池を見て回ることで、トンボやトンボを取り巻く環境かんきょうに楽しく関わるための知識を身につける場所として、活用すべきだと考えています。ただ、すべての人びとが、トンボやその環境かんきょうを見るだけで、トンボたちの魅力みりょくすべてを知り尽くすつ  とも思えません。
 やはり、直接的な関わり、たとえば、子供たちにはズバリ、トンボ採りも体験させるべきだと考えています。その理由は、トンボそのものが、ある年齢ねんれいの子供たちにとって「かけがえのない美」の対象だと考えているからです。つまり、人が美しい絵に接した時、模造品でも所有したいと思い、あるいは美しい音楽に接すれば、そのCDがほしくなったり、演奏してみたくなったりするように、「美しいもの」を自分のモノにしたいということは、もっとも人間らしい欲望ともいえるのではないでしょうか。そして、子供の欲望は、大人たちのそれとは違っちが て、対象に稀少きしょう価値があるからというのでもないのです。
 ともかく、子供たちがそのような理由からトンボ採りを始めたとき、むげに禁止することは、楽しいはずの身近な自然を逆に、つまらない退屈たいくつなものと感じさせはしないかと案じてしまうのです。子供たちがトンボと同格の立場で勝負を競い、そして過ちとして殺生をしたとしても、周囲の大人たちのアフターケアさえよければ、りっぱな情操教育になると確信しています。
 確かに、今の子供たちに虫採りをさせてみると、やたら数ばかり競う傾向けいこうが認められます。しかし、これは、子供の遊びに関わる文化が退廃たいはいしているからにほかなりません。少なくとも、私たちが子供のころには、シオカラよりも赤トンボ(ショウジョウトンボ)、赤トンボよりもギンヤンマ、同じギンヤンマでも採集方法によって価値が異なるという、暗黙あんもくのルールがありました。
 とはいえ、現在の日本では、いかにルール(保護区内ではあみ振らふ ない、繁殖はんしょく期前のトンボは採らないなど)を守ったとしても、大勢の子供たちがトンボ採りに興じられるような環境かんきょうはほとんど残されていません。ただ、トンボ王国のまわり、四万十川しまんとがわ
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

域にはまだそのような環境かんきょうが残っているのです。トンボ王国の夢、それは、池田谷のトンボ王国をかくとして、その周辺に広がるあたりまえの自然環境かんきょうのいくつかを、体験ゾーンとして整備し活用することです。そのなかで多くの人たち、特に将来のある子供たちに、トンボの住める環境かんきょうがほんとうにすばらしいものだと感じさせることができたなら、その子供たちが大人になった時、日本中に多くの子供たちがトンボ採りに興じられる水辺が再生されるに違いちが ありません。

杉村すぎむら光俊みつとし一井いちい弘行ひろゆき「トンボ王国へようこそ」より)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534