1生きもののように焔をあげ、やがて燃えつきて灰になっていくかつての火の姿には、霊的な生命を予感させる存在感があり、すべての人びとの心に、火の思い出にまつわるさまざまな感情を呼び起こしたものだったが、そんな火との対話さえ、最近では次第に忘れられていく。
2それに代わって、家庭の中には、電気釜や電子レンジが現れ、石油ストーブやセントラルヒーティングが普及し、かつてのランプの焔のまわりに広がっていた闇のしじまは消え失せて、いたるところに真昼のような人工照明の空間が出現してしまったのである。
3考えてみれば、人類の歴史というのは、火の使用という驚くべき体験によって幕をあげたと同時に、じつは、いかにしてその原初の火を手なずけ、制御可能なものにするかという挑戦の歴史であったといえるのかもしれない。
4寒さにこごえ、飢えと動物からの襲撃にさらされて、四六時中休まることのなかった人類が、はじめて火を手なずけることのできたときの感動は、想像にあまるものだったろうが、それと同時に、その火は油断をすればたちまち消えてしまうか、反対に自分たちを焼き滅ぼしてしまいかねない恐るべき存在であったのだ。5いわば、神と悪魔を兼ねそなえたような、そんな火を、いつでも好きなとき、好きな場所で、好きな目的のために使えるように制御可能なものにするために、人類は火と格闘し、火に学び、燃焼を制御するさまざまな知恵を発明してきたのだといえる。
6もともと火に備わっていた熱や光の属性を、それぞれ目的別、機能別に解体し、それに応じて燃焼の素材や方式を多様に分化させることで、原初の火のもつカリスマ性を骨抜きにし、7いまや人畜無害で、ポケットに入れて運べるミクロの「火」から、スイッチ一つで呼び出せる「アラジンのランプ」まで、無数の人工的な火の代替物をつくり出してしまったのである。
8皮肉なことに、かつての独裁者的な火の神は、いまではすっかりおとなしくなり、たくましく焔をあげて燃える原初の火に
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