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 一番わかりやすいのは、スズメバチとくまの関係である。スズメバチにとってくま天敵てんてきだ。せっかく築いきず た巣を壊しこわ 、中の蜂蜜はちみつやら幼虫ようちゅうを台無しにしてしまう。スズメバチ自体は、強力な社会せいと毒による攻撃こうげき力をもっているため、実質じっしつ的な天敵てんてきくま以外には見当たらない。巣を破壊はかいするといった無謀むぼうな行動を起こすのはくまくらいのものだ。スズメバチとその唯一ゆいいつ天敵てんてきであるくまとの攻防こうぼうは、おそらく何十万年以上ものあいだ続いているため、スズメバチはくまのような黒っぽい体色に対しては、攻撃こうげきをしかける習性しゅうせい選択せんたくされたらしい。山菜採りと に行った黒っぽい服装ふくそうの人や頭の黒い人間がスズメバチに襲わおそ れるのは、その習性しゅうせいのためというのがもっぱらの説だ。造成ぞうせい地では人間がブルドーザーでスズメバチの巣を破壊はかいしているが、せいぜいこの四〇〜五〇年のことだ。スズメバチがブルドーザーを目掛けめが 攻撃こうげきするといった習性しゅうせい獲得かくとくするには、何万年もの時間が必要であるに違いちが ない。
 スズメバチとくまの例を見て「異種いしゅの動物のコミュニケーションにおいて色に意味がある」と気づいたのは、人間がくまと見誤らあやま れて実際じっさい襲わおそ れているからである。もしそうでなければ、そのような関係せいにはまったく気がつかなかったかもしれない。仮にかり スズメバチがくま攻撃こうげきしているのを目撃もくげきしても、スズメバチの巣を壊しこわ くま襲わおそ れているのだろうとしか見えないだろう。スズメバチが人間を襲うおそ といった、本来の行動とは違うちが 誤っあやま た行動をかいま見せることにより、われわれはその特殊とくしゅな関係せいにはじめて気づかされる。
 おそらく、この広い地球上には生物種同士の攻防こうぼうに「色が重要な意味をもつ」例が山ほどあるに違いちが ない。ただ、人間がそのような局地紛争ふんそうには気がついていないだけだ。色のもつ意味は、動物のライフスタイルによってまったく異なること  可能かのうせいがある。この点については、残念ながらわれわれはどのような工夫をしても、その実
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体を知るのは難しいむずか  だろう。
 一方、スズメバチにとってのくまの体色のような特別な関係を意味する色とは異なりこと  警戒色けいかいしょくや目玉模様もようはかなり普遍ふへん的な信号として、広範こうはんに使われているものと推測すいそくされる。ただし、その信号を受信する側が、本能ほんのう的にそれを避けるさ  のか、学習によって学んでいるのかは、ケース・バイ・ケースの(場合による)ように思われる。有毒なジャコウアゲハは真っ黒なつばさに赤いスポットを見せびらかすかのごとくゆっくりと飛ぶ。天敵てんてきである鳥は、いとも簡単かんたん捕まえつか  て食べることができるが、そのまずさに懲りこ て二度とこのような紋様もんようをしたチョウを食べなくなる。つまり、味と紋様もんようという二つの形質けいしつを学習によって結びつけるという過程かていて、警戒色けいかいしょくは成立している。この場合、死なない程度ていどの毒だからこそ、経験けいけんが生かされ学習が成立している。では警戒色けいかいしょくのすべてがこのような学習によって成立しているのだろうか? もし、そうだとするならば、警戒色けいかいしょくや目玉模様もようは、学習能力のうりょくある程度  ていど高い捕食ほしょく者、脊椎動物せきついどうぶつ、つまり、哺乳類ほにゅうるい、鳥、爬虫類はちゅうるい、両生類、魚類などに向けたシグナルなのだろう。
 しかし、強力な毒をもつ有毒のへびが見せる警戒色けいかいしょくなどは、捕食ほしょく者に学習する余裕よゆうはない。かまれてしまったら一かんの終わりだ。ひょっとしたら、捕食ほしょく者は本能ほんのう的にへび避けるさ  ように遺伝子いでんしに書きこまれている場合もあるかもしれない。食者の警戒色けいかいしょく痛いいた 目にあわないとわからないシグナルなのか? 遺伝子いでんしの中に刷りこまれている記憶きおくなのか? わたしへびぎらいである理由や記憶きおくをたどってみてもよくわからない。

 (藤原ふじわら晴彦はるひこ似せに てだます擬態ぎたいの不思議な世界』(化学同人))
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