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 英語の「コンピュータ」を無理矢理日本語にすると、「電子計算機」ということになるだろう。しかし今どき「コンピュータ」で単純たんじゅんな計算だけしている人はあまりない。「コンピュータ」とは、計算はもちろんのこと、さまざまな情報じょうほうを入れたり出したり保存ほぞんしたり整理したりするものだ。フランス語の造語ぞうごである「ordinateurオーディナトゥール」とは、英語の「orderオーダー」と同じく、「命令、指図する」とか「順序じゅんじょ、順番」「整理、整頓せいとん」「注文」といったような意味合いになる。これこそ「コンピュータ」を意味する言葉として最適さいてきではないか。その証拠しょうこにスペインでも英語の「コンピュータ」という単語は使わず、フランスの「オーディナトゥール」に綴りつづ の「ordenadorオルデナドール」という単語を使っている。
 このように、現代げんだいの日本でも、英語をそのまま安易あんいにカタカナ語にして使用するのではなく、ちゃんと意味が分かるような日本独自どくじ造語ぞうごを作ればいいのだ。そして外国語の仕入れ先として、米国だけに頼ったよ てしまっていては駄目だめだ。世界中の言葉を見回して、単語の意味を吟味ぎんみする。その中で、一番よいと思われる外国語を参考にして日本語の造語ぞうごを作るようにしなければならない。
 過去かこ遡れさかのぼ ば、日本でも明治維新めいじいしんころには外国語に対する日本語の造語ぞうごが数多く作られていたのだ。
 政治せいじでも経済けいざいでも学問でも、世界から遅れおく をとっていた日本は、国際こくさい化に向けてさまざまな努力をした。その一環いっかんとして、まずは外国語を日本語に変換へんかんする作業を始めたのだ。考えに考えて、日本ならではの言葉を作った。その良い例が「経済けいざい」や「経営けいえい」などといった単語だ。これらは日本で作られた単語だが、今では漢字の本場である中国にぎゃく輸入ゆにゅうされ、中国でも普通ふつうに使われるようになった。ぼく専門せんもん分野である数学に関する中国での専門せんもん用語も、日本人が考えて作ったものが多いのである。
 こうしてざっと調べるだけでも、明治時代には最先端さいせんたん技術ぎじゅつ
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科学、医学などが輸入ゆにゅうされると同時に、それに伴うともな 日本語の考案にも尽力じんりょくしていたということが分かる。それらの言葉は、決して安易あんいなカタカナ語のようなものではなかった。だからこそ、当時日本で作られた言葉の大多数が、今の中国でも使われるほどになったのだ。
 ところがその後、言葉を作る努力を怠りおこた 、ついには完全に放棄ほうきしてしまった。ぼくが思うには、それは戦前のころからだろう。医学の世界ではドイツ語を使うために、医者は「カルテ」や「メス」などという言葉を使うようになった。それが、医学界だけではなく広く一般いっぱんに流通し、やがてカタカナ語として定着してしまったのだ。
 これだけカタカナ語が氾濫はんらんしている現代げんだいだからこそ、明治維新めいじいしんころの日本に戻りもど 、日本語の大掃除そうじをすれば面白いと思う。今のカタカナ語の半分でも日本語に作り直す。定義ていぎ作業に関しては多くの専門せんもん家などに意見を聞き、造語ぞうご候補こうほをいくつも出してもらう。その大本として、国語審議しんぎ会が大いに働けばよいのである。
 日本人の固有の発想で新しく言葉を作る。これはとても素晴らしいすば   ことだと思うのだが、皆さんみな  はどう思われるだろうか。

 (ピーター フランクル『美しくて面白い日本語』(宝島社たからじましゃ)より)
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