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 約四万年前、クロマニヨン人などの新人が現れ、約一万年前まで棲息せいそくしたが、生活の仕方そのものは、ネアンデルタール人などの旧人と大差ない状態が持続した。つまり人類が誕生した約一七〇万年前から約一万年前に至るまでの間、人類はほぼ同じ形態で生活し続けてきたわけで、この時代にすでに獲得かくとくしていた形態・能力・性向こそが、今もなお人類であるための基本条件だとしなければならない。
 その後人類は、紀元前三〇〇〇年ごろから各地に文明を生み出し始める。文明とは人間がより豊かに、より安全に生活するための、富の生産と消費のシステムである。文明を成立させる要素としては、金属器の使用、文字の使用、都市の建設、階級制度などが挙げられる。人類の文明はその後も発展し続けるが、一八世紀後半にイギリスで開始され、一九世紀前半に西ヨーロッパやアメリカに広がった産業革命は、文明のレベルを飛躍ひやく的に向上させた。自然科学と科学技術の発達、工場と動力機械による工業生産の発展、自然科学や科学技術の発達を支える学校教育制度、資本主義的経済システム、市場と輸送路を確保するための強力な軍事力、議会制度に基づく政治体制、法による支配などが、西欧せいおう近代文明を構成する要素であり、これが地球上に存在する唯一ゆいいつの文明である。西欧せいおう近代文明が生み出した軍事力は圧倒的あっとうてきに強大で、他のいかなる文明も全く対抗たいこうできなかったからである。
 この西欧せいおう近代文明は、二度の大戦を経てますます高度に発展し、現代文明を形づくっている。我々はこの現代文明のかさの下に身を置くことによって、より豊かでより安全な生活を享受きょうじゅしている。これは史上最強の捕食ほしょく者としての人類が、人類の都合にのみ合わせて作り上げたシステムである。もし環境かんきょう問題の中心に人類を据えす 、現代文明のシステムを一日でも永く持続させるのが、環境かんきょう対策の目標であると再確認できるのであれば、我々はそれが現代の人類の利益のみを計る利己的運動であることをも、徹底てっていして再確認すべきであろう。
 ある生物種が突出とっしゅつして繁栄はんえいすれば、そのあおりを受けて他の
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生物種が片隅かたすみに追いやられる事態は、過去に幾度いくどとなく繰り返さく かえ れてきたことである。もし先ほどの再確認が合意されるのであれば、たまたま現代の人類も、この時代において最も効率的なエネルギー摂取せっしゅのシステムを作り上げ、最強の捕食ほしょく者として食物連鎖れんさの頂点に君臨しているのであり、過去に繁栄はんえいした動物の通例に倣っなら ているだけだ、何か悪いのかと開き直る論理も成立する余地があろう。
 環境かんきょうの中心から人類をはずしてしまえば、そもそも環境かんきょう対策など存在しないことになろう。環境かんきょうの中心に人類を据えるす  のであれば、所詮しょせんそれは最強の捕食ほしょく者たる人類の繁栄はんえいを一日でも永く持続させたいと願う、人類本位の利己的発想なのだということを徹底的てっていてきに自覚すべきであろう。もし、現代文明がもたらす恩恵おんけい享受きょうじゅしたいが、自然の生態系も保全したいと望むのであれば、「待ってはいられない、おれたちが悪いのだ」と叫んさけ で、いささかの気休めとするしか道はないであろう。

(浅野裕一ゆういち「動物としての人間」による。)
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