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 イヌが喜びを表現ひょうげんするときに振るふ ことはよく知られている。イヌの喜びが大きいときには、激しくはげ  振りふ 、体をくねらせる。耳は後方に絞らしぼ れるような形で伏せふ ている。いてもたってもいられぬように跳びと はねることもある。生後半年前後の若いわか めすでは、嬉しうれ すぎて尿にょうをもらす場合もある。
 このような喜びを表すのは、たとえば、長い間、旅に出ていたご主人が帰ってきたようなときである。イヌは家族をひとつの群れむ として考えているが、むれにはひとりひとりに順位の格付けかくづ がある。当然、順位の上の人に会えたときのほうが喜びの表現ひょうげん激しくはげ  なる。人に対して喜んでいるときのイヌは、年齢ねんれい若いわか ほど人の顔を舐めな たがるものである。
 犬種によって喜びの表現ひょうげんに差があり、一般いっぱんに日本犬は洋犬ほどオーバーではない。洋犬でも小型の愛玩あいがん犬種と、シェパード、シベリアン・ハスキーなど使役犬種との比較ひかくでは、飼主かいぬし居住きょじゅう区を同じにしている愛玩あいがん犬種のほうが喜びの表現ひょうげんは大きい。
 イヌには人と共同作業をしてほめられたときも嬉しくうれ  なる習性しゅうせいがある。たとえば、ボールを投げての「持って来い」の訓練をさせると、イヌは嬉々ききとして投げたボールをくわえてきて飼主かいぬし渡すわた が、このときのボディランゲージは、「大喜び」とはやや違うちが 。「上機嫌じょうきげん」あるいは「親愛」である。ボールを渡しわた た後、「よーし、よくやった」という賞賛しょうさんの言葉で嬉しくうれ  なっている。激しくはげ  振らふ ず、ゆっくりと振っふ て、耳は後ろに伏せふ ている。ボールを主人に渡しわた た後、あし側に坐っすわ て待つ訓練までよくできているイヌは、首を伸ばしの  て主人がもう一度ボールを投げるのを待つ。ときには「わん、わん」と催促さいそくすることがある。
 また、イヌは叱らしか れた後、許しゆる 乞うこ ために「甘えあま 」のボディランゲージを見せるが、そのときのの位置は催促さいそくのときとは違っちが 
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て、下に向けている。つまり、恐縮きょうしゅく表現ひょうげんしながら、遊びに誘いさそ 、なんとか主人に機嫌きげんをなおしてもらいたいという魂胆こんたんである。
 ただし、イヌがこういう様子を見せたからといって、叱らしか れた理由を理解りかいして二度と同じことをしないかといえばそうではない。叱らしか れて懲りこ たときは、まず恐怖きょうふを覚えるものである。恐怖きょうふを覚えたときのイヌは、を完全に股間こかんまるめ込み   こ 、耳を後方に伏せふ てうずくまってしまう。まるめられた振らふ れることはない。叱らしか れても「甘えあま 」を見せるイヌには、叱らしか れた意味が分かっていないものである。
 イヌが知らないイヌに出あって、を上にあげて小刻みこきざ 振るふ ときは、相手に警戒けいかい心を持ったときである。同時に攻撃こうげきすべきかいなかの迷いまよ がある。耳は前方に向けてしっかりと立てられている。垂れた 耳のハウンド種でも、耳の付け根が前向きになるので、警戒けいかい心と攻撃こうげき的な気持ちを抱いいだ たことが判断はんだんできる。
 この場合、を高い位置で振るふ イヌほど気性きしょうが強い上位のイヌである。イヌが相手に威圧いあつ感を覚えればを下げながら振りふ 、耳は後方に向けて伏せふ ていく。
 したがって、イヌが振っふ ているから喧嘩けんかにはならないだろうと思ったら大間違いまちが である。威圧いあつされたイヌが怯えおび ながらも敵意てきいを表してきばを見せたりすると、振っふ ていたほうがいきなり攻撃こうげきをしかける場合もある。とくにテリア・グループは反応はんのうが早いので注意する必要がある。

沼田ぬまた陽一「イヌはなぜ人間になつくのか」)
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