a 長文 8.1週 ni
 紫色むらさきいろ輝くかがや 大粒おおつぶの果実が、目の前にいくつもぶら下がっている。その中の一つをもぎとって口の中に放り込むほう こ と、みずみずしい甘酸っぱあまず  さが一気に広がった。自分の手でブドウの実を摘んつ で、その場で食べるなんて初めての体験だ。感激かんげきして後ろを振り向くふ む と、父も母もそれぞれ夢中でブドウを頬張っほおば ていた。
 わたしたちは「旅行好き」、「食いしん坊く   ぼう」という点が共通した家族である。
 父は仕事一筋ひとすじの働き者で、毎日遅くおそ 帰ってきてはご飯を食べてすぐ眠っねむ てしまう。趣味しゅみらしい趣味しゅみもないそうだが、旅行に出かけたときだけはニコニコしていて、見違えるみちが  ほどエネルギッシュである。
 母は母で、よく同窓生どうそうせいと旅行に出かける。帰ってくる日の夕飯は、決まって地方の名物弁当だ。
 朝早くに起きて、急な日帰り旅行に出発したことは数知れない。この日の目的地は、山梨やまなしのブドウ畑だった。
 父と母は、どちらも車の免許めんきょを持っている。運転が交替こうたいできて楽なので、気軽に出かけられるということもあるだろう。父は安全運転だが、母は極めて危なっかしいあぶ     。一度、赤信号に気がつかずスーッと通過しそうになったときには、わたしが大声で注意しなければならなかった。
 山梨やまなしに着いたら、さっそくブドウりである。
 新鮮しんせんなブドウをたっぷり味わった後、ここが母の知り合いの畑だということを教えてもらった。母は若いわか ころにここへ旅行に来て、農家の人と仲良くなったのだという。
 旅をすることで、新しい出会いが生まれる。両親と旅行をすると、ときどきこうした発見がある。
 ブドウ畑のとなりには、ワインの工房こうぼうもあった。飲める人がいないのが残念だ……と思っていたら、気付いたときには母が真っ赤な顔をしていた。
 帰りの運転は父が一人ですることになってしまった。
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 「可愛い子には旅をさせよ」というが、わたしの旅はたいてい両親と一緒いっしょだ。しかし、ひとりで旅をするのとはまた違うちが 意味で、わたしは旅からいろいろなことを学んでいる。父と母を見ていると、大人になっても旅を楽しむ心を忘れわす ないことが人間には必要なのかもしれない、と感じるのである。

(言葉の森長文作成委員会 ι)
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