a 長文 3.1週 ne
「あれ? おかしいなあ。」 
トースターの中には、ほかほかに温まったコロッケが入っているはずだった。確かたし に、コロッケは入っていたのだが、コロッケを乗せたトレイは、まるで蜂蜜はちみつのようにとろりと溶けと 出し、ほとんど原型をとどめていなかった。やはり、トレイごと入れてはいけなかったのだ。今ごろになって気づいても後の祭りだ。トースターに入れる瞬間しゅんかん、このまま入れても大丈夫だいじょうぶなのだろうかと不安がよぎったが、上にかかっているラップだけを取れば大丈夫だいじょうぶだろうと安易あんい判断はんだんしたのが間違いまちが だった。 
 わたしは、とてもお腹 なかがすいていたが、当然のことながら、コロッケは諦めあきら なければならなかった。しかも、母が帰ってくる前に、トースターの中で溶けと ているトレイを取り除かと のぞ なければならない。空腹くうふくわたしにとって、それは非常ひじょう過酷かこくな労働に思えた。でも、母に見つかったら叱らしか れるに違いちが ない。わたしは、急いで布巾ふきん濡らしぬ  、トースターの中の形のないトレイを取り除こと のぞ うと、手をつっこんだ。 
「あちっ。」 
わたしは、思わず手を引っ込めひ こ た。トースターの中はまだ熱かった。冷ましてからでないと作業ができない。でも、時間がない。仕方がないので、うちわを持ってきて思い切り仰いあお でみた。すると、トースターの底の方に残っていたパンくずが舞い上がりま あ  、さらに大変なことになりそうだったので、すぐにやめた。わたしは、ただ布巾ふきんを手に、付近をうろうろするしかなかった。そうこうしているうちに、母が帰ってきてしまった。トースターを見た母は、すべてを悟りさと 、あきれたようにため息をついた。 
 結局、トースターは、母が掃除そうじをしてくれた。一段落いちだんらくしたところで、わたしは母に、料理で失敗したことがないかどうか聞いてみた。母は、中学生のころ、家族のために野菜炒めいた を作ったことがあるそうだ。フライパンで野菜を炒めいた 、味つけをするさい勢いいきお よくコショウを振っふ ていたら、ビンのふたが取れて、一ビン分のコショウが
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野菜にかかってしまったらしい。母は、くしゃみを連発しながらも、とっさに、野菜をザルに移しうつ 、ジャージャーと水をかけて洗っあら たそうだ。母の素早いすばや 判断はんだんが功を奏しそう 、野菜炒めいた は無事に出来上がり、家族全員がおいしいと言って食べたという。水で洗っあら た野菜炒めいた がおいしいわけはないだろうと思ったが、口には出さなかった。母は、 
「料理に失敗はつきものよ。でも、終わりよければすべてよし。」 
と笑った。 
 わたしの場合は、スーパーで買ってきたコロッケを温めようとしただけなので、料理の失敗とは言えないが、そのおかげでトースターがきれいになったので、やはり、終わりよければすべてよしなのだと思いたい。失敗したからこそわかることもある。わたしは、もう二度と同じ失敗を繰り返さく かえ ないだろう。失敗は、決して悪いことばかりではないということがわかった。 
「あれ? おかしいなあ。」 
台所からお鍋 なべのこげるにおいがしている。 

(言葉の森長文作成委員会 Λ)
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