a 長文 2.3週 ne
 島に住む動物と大陸に住む動物とでは、体の大きさが違うちが 。ゾウのような大形のものを比べるくら  と、島のものは大陸のものより、体が小さくなる傾向けいこうがある。島はせまい。小さな島で物が小さくなっていくのはもっともな話のようだが、事態じたいはそう単純たんじゅんではない。ネズミやウサギのような小形のものを比べるくら  と、こちらは島のほうが大陸より、ずっと大きい。
 島では大きいものは小さくなり、小さいものは大きくなる。島に隔離かくりされた動物に見られる、このような体のサイズの変化の方向せいが「島の法則ほうそく」と呼ばよ れるものだ。変化の方向せいは、いま現にげん 生きているものだけを見ているより時間を追って化石を調べていったほうが、はっきりする。大氷河ひょうが時代には海面が下がり、多くの島が大陸とつながったが、深い海でへだてられていたもの(セレベス、地中海の島々、西インド諸島しょとうなど)は島として残り、そこではゾウ・カバ・シカ・ナマケモノなどが小形化していった。
 もっともあざやかなのはゾウの例だ。ゾウはだんだんと小さくなり、ついには成獣せいじゅうになってもかたまでの高さが一メートル、牛ほどしかないものが出現しゅつげんした。大陸では巨大きょだいなマンモスがのし歩いていたのである。一方ネズミを見てみると、島のネズミは大きくなり、ネコほどもあるものが出現しゅつげんした。
 なぜ島では動物のサイズが変化するのだろうか? 一つの要因よういん捕食ほしょく者であろう。島という環境かんきょうは、捕食ほしょく者のすくない環境かんきょうである。一般いっぱん的に言って、捕食ほしょく者が生きていくには、自身の十倍以上のえさになる動物を必要としている。島という限らかぎ れた面積の中では、えさになる動物の数もたかがしれてくるわけで、そのくらいの数では捕食ほしょく者は生きて行けなくなり、島では捕食ほしょく者がほとんどいない、もしくはまったくいないという状況じょうきょう出現しゅつげんする。こういう状況じょうきょう下ではゾウは小さくなり、ネズミは大きくなっていく。
 ゾウはなぜ巨大きょだいなのか? それは大きな図体で捕食ほしょく者を圧倒あっとうしようとしているからだ。あれだけ巨大きょだいならばトラもライオンも歯がた
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たない。ネズミはなんであんなに小さいのか? 小さければ捕食ほしょく者の目につきにくいし、小さなあなやものかげにすばやくかくれることもできる。ゾウやネズミはだてに大きかったり小さかったりしているわけではない。
 巨大きょだいであることや矮小わいしょうであることは、それなりの代価だいか支払わしはら ねばならぬことである。たとえば巨大きょだいな体を支えるささ  骨格こっかくけいにはかなりの無理がかかっているようで、ゾウは骨折こっせつなどせぬよう、一歩一歩慎重しんちょうに足をはこんでいく。ネズミの場合にはエネルギー上の問題がある。体の小さいものほど、体重のわりには体の表面積が大きい。熱は表面からどんどん逃げに ていくから、体温を一定に保とたも うとおもったら、小さい動物は、体重あたりにして、大きいものよりずっとたくさん食べて熱をつくりださねばならない。体重は半分でも、食料は半分というわけにはいかないのである。
 ゾウの巨大きょだいさは畏敬いけいの念を引きおこすものだ。しかしゾウにしてみれば、大きいからみんなハッピー、というものでもなく、できれば「ふつうの動物」にもどりたいのであろう。ネズミにしたってそうだ。だからこそ、捕食ほしょく者のいない環境かんきょうに置かれると、大きいものは小さく、小さいものは大きくなって、ほ乳類 にゅうるいとして無理のないサイズにもどっていく――これが島の法則ほうそくの一つの解釈かいしゃくである。
 しばらくアメリカの大学で過ごすす  機会を得た。あちらの教授きょうじゅじんの中にはおそれいるばかりの偉人いじんがいて、これでは太刀打ちできないなと、すっかり思い知らされたが、一歩大学の外に出ると、スーパーのレジにしても、自動車修理工しゅうりこうにしても、あきれるほど対応たいおうがのろいし不適切ふてきせつ一般いっぱんの日本人の有能ゆうのうさに、いまさらながら気づかされた。日本という島国では、エリートのスケールは小さくなり、ずばぬけた巨人きょじんとよびうる人物は出て来にくい。ぎゃくに小さい方、つまり庶民しょみんのスケールは大きくなり、知的レベルはきわめて高い。大きいものは小さくなり、小さいものは大きくなる――島の法則ほうそくは人間にも当てはまりそうだ。
 獰猛どうもう捕食ほしょく者に比せひ られる様々な思想と戦い、きたえぬかれた大
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長文 2.3週 neのつづき
思想を、大陸の人々は生み出してきた。偉大いだいなこととして尊敬そんけいしたい。しかしこれらの大思想は、人間が取り組んで幸福に感ずる思考の範囲はんいを、はるかにこえてしまっているのかもしれない。動物に無理のない体のサイズがあるように、思想も人類に似合いにあ のサイズがあるのではないか。日本よりさらに小さな島にいて、大思想を持たないしあわせと、いくばくかの劣等れっとう感とを、日々あじわっている。

(本川達雄たつお「島の法則ほうそく」)
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