a 長文 2.1週 ne
「今年の恵方えほうは、南南東だから、まどの方を向いて食べるのよ。」 
そう言って、母は、恵方えほう巻きま を家族みんなに配った。父は、 
恵方えほうだか阿呆あほうだか知らないけど、昔は、こんなことはやらなかったなあ。」 
などとぶつぶつ文句もんくを言っている。そんな父を横目で見ながら、母は、 
「さあ、始めるわよ。用意、スタート。」 
と、威勢いせいのいいかけ声をかけた。そのかけ声に後押しあとお されるようにみんなで恵方えほう巻きま を食べ始める。恵方えほう巻きま を食べるときには笑ってはいけない。「笑う門には福が来る」ということわざも、節分には通用しないらしい。 
 わたしはいつも、なぜか笑いをこらえきれなくなり、くすくすと笑ってしまう。だから、今年こそは、最後まで笑わずに食べようと決心していた。しかし、スタートと同時に、もう笑いが込み上げこ あ てくる。しばらくは、必死にその笑いをこらえていたが、こらえればこらえるほど、おかしさがつのり、わたしは思わず吹き出しふ だ てしまった。それをきっかけに、姉が笑い出し、わたしたちを横目で見ていた父の表情ひょうじょう崩れくず た。気づくと、父は、目になみだ浮かべう  ながらくっくっくっと笑いをこらえている。そんな中、ただ一人冷静なのは、母だ。顔色一つ変えず、南南東を向いて、黙々ともくもく 恵方えほう巻きま を食べている。姉もわたしも、母の、この強靭きょうじん精神せいしん力を受け継がう つ なかったようだ。 
 恵方えほう巻きま を食べた後は、これも恒例こうれいの豆まきだ。父も、豆まきには積極的に参加する。いちばん大きな声を張り上げは あ ているのは父だ。我が家わ やでは、毎年「おには外、福は内」と言いながら豆をまくが、地方によっては、「おには内」とかけ声をかけるところもあるそうだ。わたしは、みんなの幸せを願う節分の日に、おにだけ外に追い出すという発想に、かねてから疑問ぎもん抱いいだ ていた。おにも幸せになれば悪さをしないと思うからだ。だから、「おには内」とかけ声をかけるように父に提案ていあんしてみた。父は、
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「昔から、おには外、福は内と決まっているんだ。おにはお庭にお逃げに なさいってなもんだ。」 
と取り合ってくれない。習慣しゅうかんとは恐ろしいおそ   ものだ。仕方がないので、わたしは、心の中で「おには内、福も内」と言いながら豆まきをした。 
 豆をまいた後は、みんなで年の数だけ豆を食べるのだが、姉もわたしも年の数だけでは足りず、年の数の何倍も豆を食べてしまう。年の数以上の豆を食べるとどうなるのか心配だったので、調べてみると、自分の年の数より一つ多く食べると、体が丈夫じょうぶになって、風邪かぜをひかないという説もあることを知り、ほっとした。年の数の何倍も食べれば何倍も丈夫じょうぶになるに違いちが ない。さらに調べてみると、豆は「魔滅まめ」に通じ、おにに豆をぶつけて、邪気じゃき追い払うお はら という意味があるらしい。わたしは、ますますおにがかわいそうになった。せめて、豆をぶつけた後は、家に入れて、介抱かいほうしてあげてもよいのではないだろうか。 
 節分のような日本独特どくとくの行事は、そのいわれを正しく理解りかいし、後世に伝えていくことも大事だが、それ以上に大切なのは、家族そろって季節ごとの行事を楽しみ、温かい時間を過ごすす  ことだと思う。 
「しょうがない。おにも中に入れてやろう。おには内、福も内。」 
父の声が響いひび ている。 

(言葉の森長文作成委員会 Λ)
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