1「今年の恵方は、南南東だから、窓の方を向いて食べるのよ。」
そう言って、母は、恵方巻きを家族みんなに配った。父は、
「恵方だか阿呆だか知らないけど、昔は、こんなことはやらなかったなあ。」
などとぶつぶつ文句を言っている。2そんな父を横目で見ながら、母は、
「さあ、始めるわよ。用意、スタート。」
と、威勢のいいかけ声をかけた。そのかけ声に後押しされるようにみんなで恵方巻きを食べ始める。恵方巻きを食べるときには笑ってはいけない。3「笑う門には福が来る」ということわざも、節分には通用しないらしい。
私はいつも、なぜか笑いをこらえきれなくなり、くすくすと笑ってしまう。だから、今年こそは、最後まで笑わずに食べようと決心していた。しかし、スタートと同時に、もう笑いが込み上げてくる。4しばらくは、必死にその笑いをこらえていたが、こらえればこらえるほど、おかしさがつのり、私は思わず吹き出してしまった。それをきっかけに、姉が笑い出し、私たちを横目で見ていた父の表情も崩れた。気づくと、父は、目に涙を浮かべながらくっくっくっと笑いをこらえている。5そんな中、ただ一人冷静なのは、母だ。顔色一つ変えず、南南東を向いて、黙々と恵方巻きを食べている。姉も私も、母の、この強靭な精神力を受け継がなかったようだ。
恵方巻きを食べた後は、これも恒例の豆まきだ。6父も、豆まきには積極的に参加する。いちばん大きな声を張り上げているのは父だ。我が家では、毎年「鬼は外、福は内」と言いながら豆をまくが、地方によっては、「鬼は内」とかけ声をかけるところもあるそうだ。7私は、みんなの幸せを願う節分の日に、鬼だけ外に追い出すという発想に、かねてから疑問を抱いていた。鬼も幸せになれば悪さをしないと思うからだ。だから、「鬼は内」とかけ声をかけるように父に提案してみた。8父は、
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