1コオロギは「リーリー」と鳴くというけれど、「リーリー」と聞こえるのは人間の耳にそう聞こえるだけのことで、コオロギにはどう聞こえているのだろう、そんなことを小学生のころふと考えたことがあります。2人間の耳とコオロギの「耳」の構造はまるでちがったものでしょうから、少なくともコオロギが人間が聞いているのと同じように「リーリー」という音を聞いているという保証はありません。3そのように考えれば、同じ人間でも全く同じ耳はないのですから、私たちは個人個人で、少しずつちがった音を聞いているのかもしれません。ヨーロッパの人の耳には、あの美しいコオロギの鳴き声も雑音としてしか聞こえないという話もどこかで聞いたことがあります。4聴覚のしくみが日本人とヨーロッパ人ではちがうというのです。
先日ラジオで、東京ではアオマツムシが木の上でうるさいほど鳴いていて、他の虫の声が聞こえないほどだ、このアオマツムシは明治時代に中国から渡ってきた帰化昆虫で、どうも声がうるさすぎて味気ないというような話をしていました。5それを聞きながら、横浜に住んでいる私は、どうしてその虫が横浜にはいないのだろうと不思議に思ったのですが、つい先ごろ、ぼんやりと庭に出て夕涼みをしている時、妙に大きな声の虫が鳴いているのに気がつきました。6何もこの声は今年初めて聞くようなめずらしいものではなく、今まで毎年秋の初めに聞いてきた声で、私は今までずっとそれをコオロギだと思ってきたのですが、ラジオの話を思い出して、ひょっとしたらこれがあのアオマツムシかもしれないぞと思ったのです。7そうなると、やもたてもたまらず確かめたくなって、懐中電灯を持って庭の木の葉の上を探しました。そして一時間ほどの探索の末、私は今まで見たこともない緑色の虫が、緑色の葉の上で大声で鳴いているのを発見したのでした。8それ以来、今まで少し声の大きなコオロギだなということぐらいしか考えず、むしろ秋を感じさせる虫の声として楽しく聞いていたその声が、急にうるさく感じられるようになってしまったのです。
9私たちは、実際の体験を通じていろいろな知識を身につけてゆくのだと、単純に考えています。コオロギの声を聞いて、コオロギという虫を知り、セミをつかまえて、セミという虫の形や色に
|