a 長文 6.1週 na
長文が二つある場合、音読の練習はどちらか一つで可。
「先生、その話は前に聞きました!」
 ぼくが通う個人こじんじゅくの先生は、祖父そふと同じぐらいの年のおじいちゃんだ。それもそのはずで、ぼくの母が子供こどものころ、勉強を習っていたというくらい昔から先生をしているのである。頭ははげていて、やせているが、背すじせ  はいつもピンと伸びの ている。声も大きくて、授業じゅぎょうはとてもわかりやすい。
 ただし、先生の話はときどき脱線だっせんする。特に、好きな時代げきの話となると、前にも聞いた内容ないようを何回でも繰り返すく かえ 授業じゅぎょう時間がつぶれると喜ぶ人もいるが、テストの直前でもそれをやるので、そのときにはみんな焦っあせ てしまう。
 そんな先生の話の中でも、とくに強烈きょうれつだったのが「海底戦車」だ。地理か歴史の授業じゅぎょうのときに聞いた話だった。冷戦時代に、ソ連が作った「海の中を走れる戦車」が、オホーツク海を渡っわた てはるばる日本まで偵察ていさつに来ていたのだという。当時の雑誌ざっしに、くっきりと車輪のあとがついた海底の写真が載っの ていたそうだ。まるで、今で言う「都市伝説」のような話である。
 母に聞いた話によると、先生は、昔はとても怖かっこわ  たそうだ。母もひどく叱らしか れて、泣きたくなったことがあったと言う。それは「海底戦車」以上に、ぼくにとって信じられないことだった。今の先生は優しくやさ  て、叱らしか れたことなど一度もない。
 次の日、ぼくは先生に「うちのお母さんが、泣きたくなるほど怖かっこわ  たって言ってたけど本当ですか」と、みんなの前で聞いてみた。すると、先生が突然とつぜんぼくをにらみつけ、低い声で、
「こんな風に泣かせてたんだぞ。どうだ怖いこわ か。」
凄んすご だ。そのあまりの迫力はくりょくに、ぼくばかりか周りにいた友人たちも一瞬いっしゅん凍りついこお   たかのように息を飲んだ。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

 僕たちぼく  がおびえているのに気づき、先生はすぐにいつもの雰囲気ふんいき戻っもど て、「こういうのは疲れるつか  から、怒らおこ せないでくれよ」と笑った。軽い冗談じょうだんのつもりだったのだろうが、僕たちぼく  がその言葉に従おしたが うと思ったことは言うまでもない。悪いことはしませんと、先生に宣誓せんせいしたのだ。
 ぼくは大人になったら、性格せいかくはずっと変わらないものだと思っていた。しかし先生のような人でも、昔と今でそんなにも違うちが 人間は変わっていくものなのだなあとしみじみと分かった。
 今はぼくに小言を言う母も、子供こどものころは先生に泣かされていた。もし、母がおばあさんになったら、今度はもっと変わるのかもしれない。そのとき、ぼく自身はどうなっているのか、ちょっと楽しみだ。

(言葉の森長文作成委員会 ι)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
長文 6.1週 naのつづき
 芙蓉ふようの花のめしべとおしべの位置関係は自花受粉をさけ他花受粉を求める形だったわけです。もっとも、めしべとおしべの間がはなれているとは言っても、わずかのへだたりであり、こん虫が自花の花粉をめしべに運ぶこともあるでしょうから、自花受粉をさけるための確率かくりつはあまり高くありません。
 しかし、もっと効果こうか的に自花受粉をさけ、他花受粉の機会をふやすための特殊とくしゅな方法を持っている両性りょうせい花もあるのです。
 特殊とくしゅな方法とは、めしべとおしべの成熟せいじゅくする時期をずらしていることです。これは、雌雄しゆうじゅく呼ばよ れている現象げんしょうで、めしべが先に熟しじゅく 花粉を受精じゅせいできる状態じょうたいになっているのに、自花のおしべは熟しじゅく ていない(花粉を出さない)――こういう仕組みのものを雌性先熟しせいせんじゅくといい、ぎゃくの場合を雄性先熟ゆうせいせんじゅくと言います。どちらもかなり高い確率かくりつで自花受粉をさけることができますが、この確率かくりつをもっと高めるために、もう一つ変わった方法を駆使くしする両性りょうせい花もあります。
 たとえば、タツノタムラソウという花の場合は、おしべが先に熟しじゅく て(ゆうせいじゅく)、花粉を出している間、めしべは、おしべの先(やく=花粉を生ずる部分)からできるだけ遠ざかるように後方に反り返っています。おしべが花粉を出しつくしたころ、めしべは真直ぐにのびます。雌雄しゆうじゅくが時間差法ならば、この場合は高級な空間差法でしょうか。
 こうまでして花が自花受粉をさけるのは、すでに述べの た通り、いい種子を得るためですが、一体、なぜ自花の花粉より他花の花粉を求めるのでしょうか。
 わたし仮定かていですが、生命というものは、自己じこに同意し自己じことの結合をくり返している末には多分、衰滅すいめつしてしまうものです。そういう成りゆきを避けるさ  ために、生命はあえて異質いしつの他者を生殖せいしょく過程かてい中に取りこむのではないか、花が他花受粉を求めるのも、異質いしつな他者の因子いんしと結合することで自己じこ改造かいぞう継続けいぞくしてゆくのではあるまいか、そのように思うのです。
 999897969594939291908988878685848382818079787776757473727170696867 


□□□□□□□□□□□□□□