長文が二つある場合、読解問題用の長文は一番目の長文です。
南博人は従順な子であり、いたずらっ子でもあった。先生に反抗らしい態度に出たことは一度もなかった。しかし彼は、そのとき、先生が言った最後の言葉に疑問を持った。ひとりで山へ入ったならば、自力で頂上へ出ることは困難であるということに嘘を感じた。札幌の郊外にある藻岩山は、彼が生まれた時から馴れた山だった。道をそれても、上へ上へと登っていけばやがては頂上へ出られる筈である。それは小学校五年生の理屈であった。
「おい、南どうした」
列が動き出しても頂上の方も見詰めたまま突立っている南に不審をいだいて隣の少年が話しかけた。
「おれは、山の中へ入る。先生に言うなよ、言ったら、げんこつくれてやるぞ」
南の受持ちの先生のあだなはげんこつ先生である。悪いことをすると、げんこつをくれるからである。南はげんこつ先生の真似をして、隣の少年をげんこつでおどかしてやぶの中へ飛びこんだ。やぶの中を頂上まで登る気はなかった。道をそれたら、頂上へ出られないという先生のことばが、ほんとうか嘘かたしかめたかったし、同時に彼は山の中がどんな構造になっているかも知りたかった。彼はクラスで走るのは一番速かったから、五分や十分の道草を食っていても、直ぐ追いつける自信があった。それにげんこつを見せた以上、誰かが先生に告げ口をするということはまず考えられなかった。彼は餓鬼大将だった。
彼はやぶへ入った。木が密生している間をかいくぐっていくと、木の芽の強い芳香が彼の鼻をくすぐった。彼は幾度かくしゃみをした。くしゃみが誰かに聞えはしないかと、耳を済ませたが、もう少年たちの足音は聞えなかった。
彼はにっこり笑った。たいへん面白い考えが浮かんだからである。少年たちは六十名いた。彼等が先生に引率されて頂上に達するまでに、先廻りをして頂上に行ってやろうという野望を起した
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