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 モグラは食虫類に属しぞく 、からだのしくみは原始的です。歯も特に発達したものではありません。
 昔の人は、畑の作物の根をかじる悪じゅうと思って殺しましたが、それはぬれぎぬ。真犯人しんはんにんは、かじるのがしょうばいのノネズミであって、モグラの貧弱ひんじゃくな歯では、堅いかた 植物の根などかじれるものではありません。しかし、柔らかいやわ   虫を捕えとら て食べることはできるのです。
 モグラは、ミミズ食いしょうばいです。だから、食事をするには土を掘りほ 、トンネルを掘らほ ねばなりません。でも、トンネル掘りほ は重労働で、とてもお腹 なかがすきます。だから、ミミズを食べなければなりません。それには、トンネルを掘らほ ねばならず、とてもお腹 なかがすいて……。だからモグラは一日に五〇ひきもミミズを食べ、一日なにも食べないと死んでしまいます。そんなことを知らないで昔の人は、モグラを捕らえと  てかごに入れておくと一日で死んでしまうものですから、「日光に当たると死ぬ」のだ、と誤解ごかいしたのです。
 そんな苦労があっても、土の中にはモグラ以外のミミズ食いの競争相手も、モグラ食いの動物も、まあいないので、モグラは「気らく」に生きていくことができます。これが、地上で虫を食う生活だと、すばしこい鳥たちみたいな競争相手や、イタチみたいな小動物食いしょうばいのけものなどがいっぱいいて、原始的なからだのモグラはとてもやっていけないでしょう。
 このようなモグラの、きわめてモグラ的な生活を支えささ 、まるでモグラのシンボルみたいにみえるのが、モグラの前あしです。それはシャベルそっくりで、じつに巧みたく に、すばやくトンネルを掘るほ ことができます。掘っほ 掘っほ 掘りほ まくり、ミミズを食べて食べて食べまくるモグラの生活を可能かのうにしているのが、モグラの「シャベル」なのです。
 モグラのからだは、ほかの食虫類と同じように、原始的なのですが、前あしだけ特別に発達しているのです。
 哺乳類ほにゅうるいのそれぞれの種のからだには、その種の生活の実体を象徴しょうちょう的に現しあらわ ているしくみがそなわっています。ライオンのきばはけもの食いしょうばいのシンボルです。キリンの長い首はいかなる
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猛獣もうじゅうをも先にみつけてしまいます。ゾウの長い鼻は、巨大きょだいなからだを移動いどうさせるために支出ししゅつするエネルギーを最小に抑えおさ て、大量の木の葉を一網打尽いちもうだじんに食べることを可能かのうにしています。
 では、人間のからだにそなわった、人間の生活を象徴しょうちょうするものはなにでしょうか。それは、手です。
 はるか昔、人間の祖先そせんは直立二足歩行をかちとることによって、前あしを手に転化することができました。手は、木片もくへんや動物のほねや石や、つまり自然のものに働きかけてそれを意図的につくりかえ、さまざまな道具をつくり出すことができました。
 モグラの前あしは、ちょっと見たところでは、人の手にているようにみえるかもしれません。しかし、それは、トンネル掘りほ 一本槍いっぽんやりで、ほかのことはしません。もし、モグラの前あしがほかのことをすれば、それはモグラであることをやめることを意味し、滅びほろ てしまいます。
 人間の手は、そうではありません。手は、それがつくられたはじめから、いろいろな目的に対応たいおうした、多様な道具をつくりだしたのです。
中略ちゅうりゃく
 ライオンのきばはどんなに鋭くするど ても、それはライオンの遺伝子いでんしによって伝えられたものであって、ライオンの意志いしで作ったものではありません。モグラのすばらしい「シャベル」も、当のモグラにとっては「知っちゃいない」のです。
 それにたいして、人間の祖先そせんが作った道具は、それがかりにきわめて単純たんじゅんなものであっても、やはり、人間が意図的に、人間の意志いしによって作ったものです。

 (中原正木「人は足から人間になった」)
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