1僕の机は、兄からもらったものだ。しっかりした作りで茶色く光っている。よく見ると、何かのシールをはってはがした跡がある。
ぼくがそれまで使っていた机は、小さくて、机の上に資料を並べきれないことがよくあった。2すると、それを見ていた母が、「お兄ちゃんの机と交換したら」と言ってくれた。兄は、近所にいる人が遠くの学校に行くようになったので、その机をもらうようになったらしい。
こうして、僕は、兄の大きい机を使うことになった。3大変だったのは、これまでの机の引き出しの中にある細々としたものを移す作業だった。引き出しの中身を出してみると、いろいろ懐かしいものが出てきた。いちばんの収穫は、なくしたとばかり思っていたキラカードが出てきたことだ。4これは、小学校二年生のころに熱中したもので、もう今では遊ばないが、ぼくにとっては大切な宝物だった。中身を移したこれまでの机は、もう古くなっていたので、粗大ゴミに出すことになった。
その晩、父が帰ってきて、ぼくの机を見て言った。
5「おお、お兄ちゃんの机にしたのか。今の子は、いいなあ。お父さんのころは、みんな、食卓で勉強をしたんだぞ。」
父が小学生のころ、食事のあとのテーブルで学校の宿題の作文を清書していたらしい。6最後の一枚を仕上げて、「やっとできた。万歳」と手を上げたときに、近くの醤油を作文の上にこぼしてしまった。それを見た祖母が、「一度はきれいに書いたんだから、いいんじゃない」と言ってくれたので、父は醤油を拭いてそのまま提出することにした。7翌日、担任の先生はその作文を見ると、「これは味のある作文だ」と言って大笑いしたらしい。ぼくは、その話を聞いて、何だか昔ののどかな映画を見ているような気がした。
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