a 長文 5.1週 na
 ぼくつくえは、兄からもらったものだ。しっかりした作りで茶色く光っている。よく見ると、何かのシールをはってはがしたあとがある。
 ぼくがそれまで使っていたつくえは、小さくて、つくえの上に資料しりょう並べなら きれないことがよくあった。すると、それを見ていた母が、「お兄ちゃんのつくえ交換こうかんしたら」と言ってくれた。兄は、近所にいる人が遠くの学校に行くようになったので、そのつくえをもらうようになったらしい。
 こうして、ぼくは、兄の大きいつくえを使うことになった。大変だったのは、これまでのつくえの引き出しの中にある細々としたものを移すうつ 作業だった。引き出しの中身を出してみると、いろいろ懐かしいなつ   ものが出てきた。いちばんの収穫しゅうかくは、なくしたとばかり思っていたキラカードが出てきたことだ。これは、小学校二年生のころに熱中したもので、もう今では遊ばないが、ぼくにとっては大切な宝物たからものだった。中身を移しうつ たこれまでのつくえは、もう古くなっていたので、粗大そだいゴミに出すことになった。
 そのばん、父が帰ってきて、ぼくのつくえを見て言った。
「おお、お兄ちゃんのつくえにしたのか。今の子は、いいなあ。お父さんのころは、みんな、食卓しょくたくで勉強をしたんだぞ。」
 父が小学生のころ、食事のあとのテーブルで学校の宿題の作文を清書していたらしい。最後の一まいを仕上げて、「やっとできた。万歳ばんざい」と手を上げたときに、近くの醤油しょうゆを作文の上にこぼしてしまった。それを見た祖母そぼが、「一度はきれいに書いたんだから、いいんじゃない」と言ってくれたので、父は醤油しょうゆ拭いふ てそのまま提出ていしゅつすることにした。翌日よくじつ担任たんにんの先生はその作文を見ると、「これは味のある作文だ」と言って大笑いしたらしい。ぼくは、その話を聞いて、何だか昔ののどかな映画えいがを見ているような気がした。
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 数日後、粗大そだいゴミとなった昔のつくえ回収かいしゅう日が来た。朝早く、ぼくと母は、つくえを指定の場所に運んだ。中身が空っぽになったつくえは、仕事をすっかり終えたおじいさんのようだった。ぼくが学校に行くときも、つくえはまだそのままだった。
 その日の授業じゅぎょうを終えて家に戻るもど とき、朝、つくえを置いた場所を見ると、そこにはもう何もなかった。そのとき、ぼくは、そのつくえぼくの友達だったのだなあと分かった。
 家に入ると、兄からもらった新しい茶色のつくえがあった。それを見ていると、昔のつくえが遠くからこう語りかけてくるようだった。
「これまで長い間、ありがとう。ぼくの仕事は新しいつくえ君に引き継いひ つ だから大丈夫だいじょうぶ。」
 ぼくは、うんとうなずくと、新しいつくえの上に静かにカバンを置いた。

(言葉の森長文作成委員会 Σ)
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