1私は小さい頃、家の近くを流れる渡良瀬川から大切なことを教わっているように思う。
私がやっと泳げるようになった時だから、まだ小学生の頃だったろう。ガキ大将達につれられて、いつものように渡良瀬川に泳ぎに行った。2その日は、増水していて濁った水が流れていた。流れも速く、大きい人達は向こう岸の岩まで泳いで行けたが、私はやっと犬かきが出来るようになったばかりなので、岸のそばの浅い所で、ピチャピチャやって、ときどき流れの速い川の中心にむかって少し泳いでは、引き返して遊んでいた。3ところがその時、どうしたはずみか中央に行きすぎ、気づいた時には速い流れに流されていたのである。元いた岸の所に戻ろうとしたが、流れはますます急になるばかり、一緒に来た友達の姿はどんどん遠ざかり、私は、必死になって手足をバタつかせ、元の所へ戻ろうと暴れた。4しかし、川は恐ろしい速さで私を引き込み、助けを呼ぼうとして何杯も水を飲んだ。
水に流されて死んだ子供の話が、頭の中をかすめた。しかし、同時に頭にひらめいたものがあったのである。それはいつも眺めていた渡良瀬川の流れる姿だった。5深いところは青々と水をたたえているが、それはほんの一部で、あとは白い泡を立てて流れる、人の膝くらいの浅い所の多い川の姿だった。たしかに流されている所は、私の背よりも深いが、この流れのままに流されていけば、必ず浅いところに行くはずなのだ。6浅いところは、私が泳いで遊んでいたあの岸のそばばかりではないと気づいたのである。
「……そうだ、何もあそこに戻らなくてもいいんじゃないか」
私はからだの向きを百八十度変え、今度は下流に向かって泳ぎはじめた。7すると、あんなに速かった流れも、私をのみこむほど高かった波も静まり、毎日眺めている渡良瀬川に戻ってしまったのである。下流に向かってしばらく流され、見はからって、川底を探ってみると、なんのことはない、もうすでにそこは私の股ほど
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