1一九八〇年代に入ると、日本では「国際化」の必要性が非常に大きく叫ばれるようになりました。一九九〇年代から新世紀にかけては「グローバリゼーション」とのかけ声がどこでも聞こえます。
2国際化が、どちらかと言えば日本なら日本一国の変化を指し、それが他の国々も互いに国際化をしなくてはならないといった傾向が強かったのに対し、グローバリゼーションは、地球全域での変化に重きを置いた言葉です。3国際化はやはり国と国といった関係が中心の考え方というべきでしょう。グローバリゼーションには国という枠にとらわれない見方が含まれています。4実際、インターネットや衛星放送が世界中で見られることを含めて情報化が進行し、経済がボーダーレスになり(企業活動の場が全地球的になること)、中国やロシアが積極的に市場経済の仲間入りをするという現象からも、グローバリゼーションが加速していることは事実だと思います。
5そこでグローバリゼーションとは何か、とその内実を考えてみると、少なくともその変化を表面的に覆っているのは、現代アメリカの作り出した大衆文化あるいは生活様式です。6高層ビルもハンバーガーも、二〇世紀アメリカの経済力によってつくり出されたものであり、それが世界中に発信され、どの国の大都市にも波のように押し寄せているのだと思います。
7アメリカ大衆文化の表現形式は、特に二〇世紀後半の世界の国々には非常に受け入れやすいということがありました。8いくらアメリカが政経軍事にわたる超大国といっても、また文化の産業化の力が強大といっても、その文化そのものに魅力がなければ世界に広まるわけはありません。9ハリウッド映画やポピュラーミュージック、コカ・コーラやハンバーガーなどの食文化を含めたライフスタイルなどが世界の多くの人に好まれるから広まるわけです。
0アメリカの消費経済とそこに広まる文化のグローバリゼーションの波には抵抗しがたいものがあります。かつてインドのムンバイ(旧ボンベイ)では、人民党のコカ・コーラ追放運動なども起きました。しかし、いまではデリーにもファストフードの店がありま
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