1私たちは長い間、木綿と木の中で暮らしてきた。だが明治以降それを捨てて、新しいものへ、新しいものへと人工材料を追いかけてきた。
(中略)
2今、千三百年たった法隆寺のヒノキの柱と新しいヒノキの柱とではどちらが強いかときかれたら、それは新しいほうさ、と答えるにちがいない。3だが、その答えは正しくない。なぜならヒノキは、切られてから二、三百年の間は、強さや剛性がじわじわと増して二、三割も上昇し、その時期を過ぎて後、ゆるやかに下降する。4その下がりカーブのところに法隆寺の柱が位置していて、新しい柱とほぼ同じくらいの強さになっているからである。つまり、木は切られた時に第一の生を断つが、建築の用材として使われると再び第二の生が始まって、その後、何百年もの長い歳月を生き続ける力をもっているのである。
5バイオリンは、古くなるほど音がさえるというが、それもこの材質の変化で説明できる。用材の剛性が増すとともに、音色がよくなるのである。6したがって、音色がよくなるのはある時期までで、その後はしだいに元にもどっていくだろうことも想像に難くない。
ところで、その名人によると、ヒノキでつくったバイオリンは、どうしても和風の響きがするというのである。7もともとバイオリンは、トウヒとカエデを組み合わせてできたものである。使用する樹種も形も、十六世紀後半に定まり、それ以後、近代科学の改良案もほとんど寄せつけないほどに完成した、手工芸の結晶である。8ほかの樹種に置き換えるのが難しいことはよくわかる。だが、ヒノキのバイオリンは和風の響きがするというのはおもしろい。
木は同じ種類のものでも、産地により立地によって、材質が少しずつ違う。9それは、物理的、化学的な試験によっても証明できないほどの微妙な差であるが、市場では長い経験によってそれぞれを区別し、値段も取り扱いも違っている。例えば、ヒノキの中では木曾産のものが最高級だ、といったような評価である。
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