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 色づいたカキは日本の秋を彩るいろど 風物詩です。カキこそは千年にもわたって日本人と共にあり、幾多いくたの詩歌に詠まよ れてきた郷愁きょうしゅうの果物といえます。ガキ大将たいしょうに率いられたカキ泥棒どろぼうの思い出を持つ読者も多いことでしょう。
 カキは中国で生まれ日本で大きく発展はってんした果物で、また、日本名のままで世界に通用する数少ない果物でもあります。かつて農家の庭先には必ずカキの巨木きょぼくがありました。とくに干し柿ほ がきは歴史的に重要な甘味かんみ資源しげんでした。菓子かし」という字も元はといえば「柿子かし」に由来しています。また、かきはビタミンCを格別にたくさん含むふく 果物です。それはリンゴの二十三倍、温州ミカンの二倍にも達し、長年にわたって日本人の貴重きちょうなビタミンCの供給きょうきゅうげんとなってきました。
 日本でカキの栽培さいばい史は、八世紀ごろまでさかのぼることができます。江戸えど時代になるとしぶ抜きぬ 法の発達もあって、カキは全国の「庭先」に普及ふきゅうし、さまざまな地方品種が生み出され、そうした時代が長く続きました。
 (中略)
 大正期までカキは日本の果物の王座おうざ君臨くんりんしていました。が、やがてそのは、新興のミカンとリンゴに奪わうば れ、最近では食の多様化の中で、生産量はナシにも後れを取っています。しかし、実態のつかみにくい「庭先果樹かじゅ」としては、今もカキの右に出るものはありません。カキは千年の時を越えこ て、今なおただで食べられる日本最大の果物なのです。
 日本での伸び悩みの なや とは逆に、カキは外国から注目され、新たな世界果実への道を歩き始めています。特に日本とは季節が逆になるニュージーランドでは、時期はずれの日本への逆輸出まで行いつつあります。
 幸か不幸か、カキは早生品種の開発が難しくむずか  、また「桃栗三年柿八年ももくりさんねんかきはちねん」といわれるように、育種に時間がかかり、その作期は今も昔もあまり変わっていません。寒い夜にかねの音でも聞き
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ながら食べるのが似つかわしい、昔ながらの季節を感じさせてくれる果物です。この日本古来の秋の味覚が、南半球育ちの参入によって、初夏の味覚に変貌へんぼうしないとも限らない昨今です。
 さて、周知のようにカキにはあまガキとしぶガキとがあります。昔の悪童たちは、どこの家のカキが甘いあま 渋いしぶ かを経験的に知っていました。カキの渋みしぶ の本体は特殊とくしゅなタンニン細胞さいぼう含まふく れるタンニンです。カキが未熟みじゅくのころは水(果汁かじゅう)に溶けると  性質があって渋くしぶ 成熟せいじゅくにしたがって自然に水に溶けと ない性質に変わって黒い「ゴマ」になり、渋みしぶ がなくなります。あまガキでは成熟せいじゅくするまでにそうした変化が完了かんりょうしますので、収穫しゅうかくしたカキをすぐに食べることができます。しかし、しぶガキでは成熟せいじゅくしても可溶性かようせいタンニンが残り、収穫しゅうかく後に人為じんい的なしぶ抜きぬ が必要になります。
 あまガキの品種も多いのに、そんな手間をかけてまでしぶガキにこだわるのは、とろけるような肉質があまガキでは遠く及ばおよ ない上に、寒冷地ではあまガキも温度不足でしぶ抜けぬ ず、あまガキの産地が暖地だんちに限られているためです。(中略)
 カキはなぜ渋いしぶ のか? あたり前のことのように思えますが、その生物学的な意味についてはこれまで追求されたことがほとんどなかったようです。
 しぶガキのしぶもいわゆる「熟しじゅく ガキ」になるまで木の上に置いておけば抜けぬ ます。しかし渋いしぶ うちは鳥もタヌキも手を出しません。しぶは無用な時期に果実が動物に食われるのを防ぐ、「適応」的な意味を持っていると思います。果実が赤く完熟かんじゅくしてタネが充実じゅうじつし、渋みしぶ のなくなる「熟しじゅく ガキ」の時期こそが、動物たちの食べたい気持ちと、タネを運んでほしいカキの思いとが一致いっちする時なのでしょう。こうした、しぶ抜いぬ てまで若いわか カキを食べてしまうヒトの出現は、カキの進化にとって勘定かんじょう外のことだったに違いちが ありません。

 (『果物はどうして創らつく れたか』梅谷二・梶浦一郎
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