a 長文 7.3週 hi
 わたしは改めて自分の部屋に行ってみた。昨晩さくばん母が苦労して片づけかた  たおかげで、かなり快適そうな子供部屋こどもべやになっていた。全然見ない百科事典が全巻ぜんかんあるのも今ならこの部屋にふさわしい。まるで賢いかしこ 子供こどもの部屋のようだ。こんなキチンとした部屋を使用している子供こどもなら、毎日規則正しく予習復習をやり、夕飯には野菜スープと肉の焼いたやつなどを食べ、家族と少し談笑をした後、風呂ふろに入ってすみやかに眠るねむ のであろう。そして朝は早起きをし、遅刻ちこくなどという愚かしいおろ   行為こういとはえんがなく、学力優秀ゆうしゅうで人望も厚いのである。もちろん、親から怒らおこ れる事などない。わたしとは、どこをとっても異質いしつ子供こどもの部屋である。
 明らかに急激きゅうげき片づけかた  たとバレる気がする。日常とは違うちが 、とってつけたような空気が充満じゅうまんしている。つくえの上がきれいなのもわざとらしい。だがつくえの引き出しを開けてみると、昨日捨てす なかった小物類がゴチャゴチャと入っていた。パンダの貯金箱やゴムボールや、紙せっけんや半分使った目薬もあった。こまかい物を母が適当にこの引き出しの中に入れたのだ。ちらかっていた昨日までの子供部屋こどもべやのミニチュア版という感じである。
 一見きれいに見えるこの部屋も、引き出しを開ければこんなもんである。所詮しょせん茶番ちゃばんにすぎないのだ。
 先生が来る時間が近づくにつれ、わたし憂鬱ゆううつになっていった。どうせ母は先生に、ももこはちっとも勉強せずに手伝いをするわけでもなく怠けなま てばっかりというような事を話すであろう。遅刻ちこくギリギリに登校するのは朝のトイレが長いせいだという余計な事まで言うかもしれない。先生は先生で、ももこさんは学校では特に目立つ活躍かつやくもない生徒だからもっと奮起ふんきを望むところだというような事を母に告げるであろう。そしてわたしは先生が去った後に母から「アンタしっかりしなきゃだめだよ」などと言われるのが関の山である。
 そんなつまらない情報を交換こうかんするためにたたみまで替えるか  必要があるだろうか。「あーあ……」という気分である。
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 やがて、先生はやって来た。母は先生をあの安宿のような和室に招き入れ、ヒロシの仕入れたイチゴを運んでわたしについての話を始めた。ふすまの向こうから、先生と母の声がきこえてくる。時折両者の笑い声もきこえる。わたしについての話なのに、何をそんなに笑うのか、気になるところである。笑い声がきこえればきこえたで気になるし、静まれば静まったで気になる。自分の事というのは何かにつけ気になるものである。
 十五分余りで話は終わったらしく、先生と母が子供部屋こどもべやにやってきた。先生は、入ってくるなり「お、きれいに片づいかた  ているなァ。普段ふだんはもっとちらかっているだろう?」と一番痛いいた ところを突きつ わたしと母は赤面した。だから、バレるようなことはしない方がいいのだ。先生はわたしつくえの上を見て、「お、つくえの上もきれいになっているね。だけど引き出しの中はどうかな」と言って引き出しを開けた。
 万事休す。もうおしまいである。ゴチャゴチャな引き出しの中を見た先生はプッと吹き出しふ だ わたしと母はますます赤面した。脳天のうてんにマグマが上昇じょうしょうしてゆくような熱さを感じた。うつむいて黙っだま て赤面している間も、新しいたたみ匂いにお 漂っただよ てきてやるせない。
 先生がお土産を持って去った後、母はわたしに「アンタ、もっとしっかりしなきゃだめじゃないの」と、予想通りの小言を言った。わたしは母の小言を「はいはい」と軽く聞き流し、外へ遊びに行こうと思って店先に出た。

(さくらももこ「あのころ」より。東海大附属ふぞく浦安うらやす中)
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